相関と因果関係

池尾 和人

日本のマネタリーベースの残高は、2006年3月に日本銀行が量的緩和政策を終了した後、一旦は減少するが、2007年以降をみると再び増加の基調にある。図に示したように、リーマンショックに際して、直接に金融危機に陥った米欧ほどではないが、一段と増加し、東日本大震災時には急増している。その後は変動しつつも、120兆円前後の規模を維持している。


他方、普通国債と物価連動国債の利回り格差から計算されるブレーク・イーブン・インフレ率は、リーマンショック後、大きく下落した後、回復基調にある。したがって、リーマンショック以降の時期については、マネタリーベース残高とブレーク・イーブン・インフレ率の間には、正の相関が見られることになる。ともに増加傾向にあったから、当然である。

しかし、こうした正の相関がみられたから、「マネタリーベースを増やせば予想インフレ率(日本の現状で、ブレーク・イーブン・インフレ率が予想インフレ率の指標として適切なものかどうかという疑問は、ここでは脇に置いておくことにする)が上昇する」という因果関係があるということになるようには思えない。少なくとも、こうした相関の存在だけを根拠に中央銀行が予想インフレ率を操作できるかのように語るのは、論理の飛躍というしかない。

一部で、AとBという現象が同時に起こっているグラフを見せて、AがBの原因であるかのように語る論法が横行しているが、いかがわしい限りである。AとBの間に相関が見られても、AがBの原因であることも、逆にBがAの原因であることも考えられる。また、AとBがともに別のCを原因として起こっている場合も考えられる。このとき、AとBの間の相関は、「見せかけの相関」と呼ばれる。因果関係があるというためには、多くの証拠とトランスミッション・メカニズムに関する理詰めの説明が不可欠である。

[追記]
上の図にあるように、リーマンショックの前後で、日本のマネタリーベースは増えこそすれ、決して減っていない。しかし、ブレーク・イーブン・インフレ率は急落している。この事実は、ブレーク・イーブン・インフレ率に影響を与える要因がマネタリ-ベースのみではない(それ以外にも存在する)ことを明確に示している。マネタリーベースをA、ブレーク・イーブン・インフレ率をBとしたとき、明らかに別のCという要因が存在しているとしなければ、Aの動きとは異なる動きをBが示したことを説明できない。

その別の要因は、例えば、経済の将来見通しに関わる人々の自信(confidence)といったものであることが考えられる。マネタリーベースの動きなどは実はほとんど関係なく、リーマンショックで人々の自信が低下し、それを反映してブレーク・イーブン・インフレ率が低下した。その後、時間の経過とともに人々の自信が徐々に回復し、それにつれてブレーク・イーブン・インフレ率も緩やかに上昇していったということに過ぎないのかもしれない。

この場合には、リーマンショック以後のマネタリーベースとブレーク・イーブン・インフレ率の間の相関は、見せかけのそれに過ぎないことになる。したがって、「マネタリーベースを増やせば予想インフレ率が上昇する」という因果関係を真摯に主張しようと思うのであれば、こうした可能性を一つ一つ潰していくだけの実証的証拠の積み重ねと論理の提出が必要になる。

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池尾 和人@kazikeo