縮退運転の日本

刀祢 邦芳

ITエンジニアでサーバ構築に携わったことがあれば、「安全係数」と「冗長化」は重要なファクターである。

サーバのCPU数、メモリ、ディスク容量などを見積る場合は業務ボリュームから想定されるデータ量やピークトラフィックに必ず安全係数を掛けて想定の1.2倍とか1.5倍場合によっては2倍のスペックのハードを調達する。これは想定外のデータやトラフィックが発生してもサーバがダウンしないための保険である。


これと同時にサーバが故障や停電で停止しても業務が継続できるように予備のサーバを調達し、可能ならば本番サーバとは離れたセンターに設置し大規模災害に備える。

いずれもITインフラの停止確率を限られた予算内でゼロに近づけるためにエンジニアが腐心するところである。

ライフラインである電力の供給体制も本来はこれと同じである。

想定外の電力需要に見合うように「安全係数」を用いて最大供給量に余裕を持たせ、災害や事故で発電所が長期に停止してもライフラインを継続させられるように発電所の「冗長化」を行うべきであることは容易に理解できるはずである。

では現実はどうであろう?

基幹サーバたるべき原発は殆ど停止し、冗長化のための予備の発電所をフル稼働させてやっとギリギリの安全係数での電力を供給している。

IT用語でいう「縮退運転」(サーバがダウンし予備のサーバでぎりぎりの状態で稼働している状態)がすでに数ヶ月継続し、これから半年一年と継続しかねない。

もし私がサーバ管理責任者であれば毎晩安眠できない状況が延々と続くという異常事態である。

ところが、大飯原発再稼働後に関西電力が一部の火力発電所を停止させると、「そんな余裕があるなら再稼働はけしからん」という非難が投げかけられる。

例えばこのような中日新聞の記事がある。8%や10%の電力の余力はとても安心できるものではない。CPUやメモリの余裕が10%程度という状況が大変苦しい状況であることはサーバ管理の経験者ならわかってもらえるはずである。縮退運転で頑張っていた予備のサーバを止めただけなのであり、恐らく点検が済めば逼迫時にはフル稼働する予定であろう。

この記事の尻馬に乗った非難を孫正義氏もつぶやいている。孫さんもIT業界の寵児と言われるのならば、この縮退運転の苦しさは分かりそうなのだが、残念な発言である。

(12.07.21追記)しかも現状の余力と言われるものもかなり無理をした節電の結果である。ITに例えればユーザがもっとも買い物をする時間帯にネット通販会社が「サーバがダウンするかもしれないのでお買い物は控えて下さい。」とお願いしているようなものである。こんなことが継続すればユーザは離れ、いつでも好きなだけ買い物ができる海外の通販会社に鞍替えし「IT産業の空洞化」となってしまう。