日曜日から参加している無線LANの世界的な標準を策定するIEEE802.11のサンディエゴセッションが、ようやくクロージングした。 無線LANは、高速化や高度化の標準化をIEEEが行い、製品の相互接続性等の検証や認定をWi-Fi Allianceが行うことで、持続的な市場性長をしている。この無線LAN市場では、日本でも最近よく話題になる3Gオフロードとしての利用期待も増えている。
僕がチェアをするIEEE802.11aiは、無線LANの接続を安全かつ高速に行う技術標準で、こういうニーズの増加を受けて、今回はワーキンググループ内でも最大のタスクグループになった。(11回の会合で、延べ814人、平均74人 /回が参加)
今回、この会合では、中国市場の存在感の大きさを見せつけられる事があり、日本の取り組みとの差が鮮明になってきた。
標準化を牽引する中国市場
今回の会合では、初日のチェアミーティングで、IEEE802.11ai(TGai)の進捗をもっと急げというリクエストがワーキンググループチェアから有った。これは、急増するスマートフォンで、日本と同様に3Gオフロードの問題を抱えている中国の携帯キャリアと、世界市場で携帯端末のシェア拡大狙う中国企業が市場戦略として、この技術を早く実現したいという強い要求がある。
彼らは、標準化エキスパートと呼ばれる標準化の首脳人に働きかけて、自分たちに必要な標準の推進を求めるという、とても戦略的な動きをしている。
IEEE802.11 の首脳人の多くは、欧米の半導体ベンダーであり、中国での端末市場にチップを供給している彼らとしては、自らにも共通の利益があるのだから、当然ながらこういう要求に応えて、現場の進行を司る僕には、大きなプレッシャーが降ってくるわけだ。これは、結構シリアスで、もしお前がモタモタしてるなら、他のプロジエクトを起こして、テイクオーバーするぞくらいの強いものだ。お陰で、今週は、かなりハードなセッション運営になった。
実際に、TGaiでは、Huawei の参加者が10人近くいて、そのうち8人くらいが投票権者という充実ぶりだし、会合のたびにペテランのコンサルタントがHuawei のアフリエーション(所属)になっていく勢いだ。IEEE802.11では、技術的なグルーブの合意は、75% の賛同が必要であり、逆に言えば25%の反対で、他社の提案を否決できる。ということは、彼らの8人の反対を押し切るには、24人の賛成票が必要で、もうこれは完全に支配的勢力なのだ。
こう書くと、拒否権だけで独自規格を押し付けてくるように思えるかもしれないが、彼らの凄いところは、イングリッシュネーティブなコンサルタントや在米中国人が多いので、半導体ベンダーとの根回しをしっかりとして、75%のマジョリティをとる提案をしてくる。 このあたりは、一昔前の中華思想的なイメージとは、おおきく違う。
これに対して、日本の企業からは、こういう戦略的な動きは見えて来ない。基本的には、研究職、技術職の1人か2人が、情報収集的に参加しているパターンが多い。また、市場戦略的ではなく、純粋に技術や研究成果展開が主なので、積極的に欧米の企業と根回しをして、マジョリティに乗るという動きも少ない。
また、少し愚痴になるけど、TGaiについても日本の企業は、様子見レベルで、情勢の理解などは皆無ではと思える。ある通信事業者などは、ガラパゴスになりたくいから、世界の誰かがやったら採用するみたいな事を言っているのだから、もう世界では戦えないだろう。
独自路線から世界標準路線への転換
かつて、中国ではWAPI という無線LANの独自暗号化規格を作って、中国国内への無線LAN製品の参入障壁にするようなことがあった。僕も、1995年頃に自分の作ったスペクトラへ拡散無線機を中国市場に販売する時に、独自の国内規格に苦労したことがあった。彼らの国内規格は、世界の規格の寄せ集めて的で、あまりに複雑、非現実的なのに、実際の運用はかなりずさんだった事を覚えている。こういう過去の事例から、中国は独自主義、独自路線だというイメージを持つ人が多いだろうし、実際に一昔前はそうだった。ところが、いまやこの独自路線から世界標準路線へと大きく戦略転換していることが、顕著に判ることがIEEE802.11では、いま進んでいる。
IEEE802.11では、TGadという60GHz(ミリ波)を使う高速な無線LANの規格の標準化策定過程で、中国で使える周波数への対応について、新たにCMMWというスタティグループを設置した。これは、中国の国内で使う標準を、中国の標準化組織ではなくIEEEという世界的に影響力の強い標準化組織で策定しようということだ。これにより、当然ながら中国外の企業は、中国市場へ参入しやすくなり、世界的に開発力、製品力のある半導体ベンダーが製品化するモチベーションを生む。
半導体の開発や価格競争力はトータルの生産数に依存するため、国内規格向けの半導体を独自規格で内製化するのは、明らかに競争優位性が無い。従って、競争力のある欧米の半導体メーカーの製品化を誘導して、最終製品は競争力のある自国のEMSで製造するのはとても合理的で、その流れをつくるのに国内向けの標準化を世界の標準化機関でオープンに行うのは、とても戦略的だ。
これとは、対照的な例して、先日も日本のスタートアップが11acのチップを作るというニュースがあったが、無線LANの特定のチップだけというポートフォリオの弱さはもちろんの事、サプライチェーンや、サポート等の総合的な部分で、標準化された技術で勝負をすることはかなり厳しいだろう。コモディティ化する製品の半導体などは、トータルソリューションを提供しなくては、だれも購入してくれない。総合的に見て、所有している技術や知財が標準化のコアで不可欠あるいは、徹底した競争力のあるものであれば、チップ製造ではなくて、知財ビジネスなどのビジネスモデルにするのが適当だろうに、こういう局所的展開をするのも国際戦略の弱さの現れだ。
今回の会合でこのスタディグルーブは、TGajというタスクグループになることがほぼ確定したが、特長的な事は、このグループの中間会合はアジアで行うということが可決され、さっそく今年の9月北京で開催される。そして、このグループの資料には、中国語の資料もそのまま引用されていたりする。さすがに、言語は英語で行うそうだが、圧倒的に中国人の参加者が多いので、部分的には同時通訳を用意する可能性もありそうだ。
日本固有の周波数での無線LANの標準化としては、IEEE802.11j があるが、この策定の時に日本は、ここまでIEEEを利用することはできなかった。世界市場を見据えて、標準化、要素部品、最終製品等を、それぞれ競争力のある地域、組織、場所で開発していく、彼らのしたたかな戦略性には、脱帽してしまう。
このような活動が、数年後にどれだけの差を生み出すのかは判らないが、少なくとも標準化をグローバル市場に向けて活用していくのには、この中国のようなやり方が良い参照になるだろう。