野田総理は「三丁目の夕日」への郷愁ではなく「ビジョンと戦略」を

大西 宏

軽い気持ちで言ってしまったのかもしれないのですが、野田総理が「『三丁目の夕日』の時代は、今日より明日がよくなると皆思っていた。そういう時代をつくりたい」と語ったそうです。いまのように国のカタチまで問われるような大きな課題を抱えている時代に、良き時代への郷愁を持ちだすことは、いいセンスとはいえません。そっそくネットではそれを批判する書き込みが数多く見られました。
朝日新聞デジタル:消費増税で「三丁目の夕日」再来? 首相、理想を力説 – 政治 :


「ツケを将来に残しておいて、今日より明日がよくなるとは思えない」ということらしいのですが、もし業績が停滞しつづけている会社のトップが、「三丁目の夕日」を見て感動し、社員の人たちに向かって、あの頃は我社も「今日より明日がよくなると皆思っていた。我社でもそんな時代をつくりたい」と切り出したとしたらどうでしょう。
さらに、会社が抱えている負債、つまり「ツケを将来に残しておいて、明日がよくなるとは思えない」と続け、だから給与をカットさせてもらいますと発言して、その会社の明日がよくなると確信する社員のひとがいるのでしょうか。。

それが経理部門からのひとつの発言ならまだ理解できますが、トップがそう言ってしまったらお終いです。おそらく社員の人は、もうこの会社は終わったと感じ、転職を考えると思います。語って欲しいのは、会社をどこに向かわせようとしているのか、そのような戦略で成長を勝ち取ろうとしていて、それが社員のひとりひとりにどのような意味を持ってくるのかでしょう。

日本も同じ事です。停滞をブレークスルーするような大きな転換、明日を感じる大きな構想、そしてそれを実現する戦略が求められています。財政赤字というツケを減らすことは必要だとしても、それでツケがなくなる見通しはなく、それでなにかの新しい価値が生まれたり、富が生まれるというものではありません。

今の政治に足りないのは、日本の将来をどうしたいかという構想や、それに向かって国政を動かす戦略を示す努力や能力です。郷愁に浸っているゆとりは日本にあるとは思えません。

さらに時代認識についても疑ってしまうのです。「三丁目の夕日」の時代は、日本は追い風を受け、勤勉な国民性や高い教育水準などの資産を生かして、うまくそれに乗った時代でした。
独自の戦略を持たなくとも、先進国に追いつけ追い越せの時代でもありました。先進国がモデルにも目標ともなったのです。テレビ、洗濯機、冷蔵庫を手に入れれば暮らしぶりが変わるわかりやすさがありました。目標があって、勤勉な国民が、安い賃金で、高い品質の製品をつくりだせば、海外で飛ぶように売れた時代でした。

言ってみればその流れにみんなが乗っかっていれば、経済はよくなったのです。成長神話が生まれ、それを前提にものごとを考えていた時代です。しかも、ほんとうはそんなほのぼのとした明るい時代の空気だけがあったわけではありません。今の途上国と同じように、労使の対立は激しかったし、また公害問題も深刻でした。

日本はその成長の方程式を失ったのです。気がついてみると、目標としていた先進国に追いついたどころか、追い越してしまい、目標を失ってしまいました。気がつけば先進国の仲間入りをしていて、自ら次の目標をつくらないといけない、学ぶべきモデルもない時代に入ってきてしまったのです。

そこから日本の経済の停滞が始まったのです。しかも、過去の成長神話時代の発想や仕組みを捨てることができずに、次の時代のステージへのチャレンジに乗り遅れてしまったのです。
その長い停滞から、ようやく企業のは戦略が問われはじめ、事業の構造改革に手をつけるところもではじめたとろです。変われなかったところは、いかに大きな企業でも経営危機を迎えるにまでいたっています。

野田総理にかぎらず、今の政治に求められているのは、「今日よりも明日がきっとよくなる」とみんなが確信を持つために、日本がなにを目指し、なにを変え、またどう変わっていくかを国民に語りつづけることだと思います。そのためには、切磋琢磨してもっと構想力を鍛えてもらいたいものです。

今をどう改善するかではなく、どう国のカタチや仕組みを将来やってくる社会に備えて変えていくかが問われているのです。今を改善しようとするから、公共事業でなんとかカンフル剤を打とうという発想に陥ってしまいます。

もっと踏みこんでいえば、国民も「今日より明日がよくなる」と感じる時代をどうすればつくっていけるのかをともに考える必要があります。そのためにはもっと国民が政治にコミットできる仕組みも必要でしょう、誰かの手で、あるいは官僚が資料をつくれば「今日よりも明日がよくなる」のではなく、自らが「明日をつくる」ことが必要になってきています。

政治家には、まして日本の政治のトップには、その「明日をつくる」リーダーとなることを目指して欲しいのです。