「日本再生戦略」というのならまず政府が古いパラダイムから卒業して欲しい

大西 宏

先週のアゴラで、野田総理は「三丁目の夕日」の郷愁に浸っているのではなく、日本が目指すべきビジョン戦略を示めす責任を背負っていると書きました。タイミングとは恐ろしいもので、当日にそのビジョンや戦略となる「日本再生戦略」が閣議決定され、翌日に配信されてきたメルマガ「官邸かわら版」にそのことが書かれており、リンク先には、野田総理の言葉がありました。
野田総理は「三丁目の夕日」への郷愁ではなく「ビジョンと戦略」を


「100ページを超える大部の文書ですが、この日本再生戦略、ぜひ一度、手にとって眺めてみていただければと思います」とあったので読んでみたのですが、官僚が古い発想で成長戦略を並べたものでしかなく、これでは再生とは程遠いと感じてしまうものでした。。
一般的には、資料の厚みと、戦略の質は反比例することが多いのですが、その典型例といえるのでないでしょうか。
「フロンティアを拓くという挑戦」 | 野田総理官邸ブログ【官邸かわら版】 :

読んでみて最初に感じたのはこの資料をまとめた官僚の質の悪さでした。従来からあった項目をつなぎあわせたものに過ぎないという批判もあるように発想の独自性や新しさがないのです。もしかすると、急遽まとめることを指示され、やっつけ仕事の結果なのかもしれません。だから資料のボリュームだけも増えてしまったのでしょう。だからサプライズもなく、感動や共感を呼び覚ますこともありません。強いて言えば農業を成長分野に置いたことぐらいでしょうか。しかし、その割には、これまで公共事業などで、予算を通すための需要予測をつくり上げる手法そのものが随所に埋め込まれています。ちゃっかりしているのです。
古賀茂明さんや高橋洋一さんの批判もあながち間違っていないのかもしれません。
マスコミにはわからない数字を読み解けば一目瞭然。野田政権の「日本再生戦略」は共産国の「計画経済」と同じ絵に描いた餅  | 高橋洋一「ニュースの深層」 | 現代ビジネス [講談社] :

さて、なにがこの「日本再生戦略」の魅力を失わせているかというと、一貫して流れているのは社会主義的な計画経済の思想だからです。これまでのGDPの増大という「量的成長」のみではなく、「質的成長」も重視する「経済成長のパラダイム転換」の実現をめざすとしているのですが、肝心の政府そのものが途上国型の「国家主導」の古いパラダイムを捨てきれていないのです。

たとえば、すべての人に「居場所」と「出番」があり、全員参加、生涯現役で、各々が「新しい公共」の担い手となる社会として「共創の国」という考え方が示されています。それは時代の必然でしょう。
そして「共創の国」は、地方分権・地域主権国家でもあると高らかに述べられているのですが、どうも福祉に限った話のようです。地方分権・地域主権国家というのなら、政府と地方の権限や役割をこう変える、橋下知事が主張しているように、国と地方の財源の配分をどう変えるのかにも触れないと本気度が見えて来ません。特区構想で権限のおすそわけでは、心もとないのです。。やはり国が主役だという発想から抜け出せないのでしょう。

パラダイムの転換というのなら、政府の役割そのものに対するパラダイムから転換を行うべきです。「共創の国」の主役は民間であり、地方・地域、さらには国民です。もちろん政府も重要なメンバーですが、政府にできることは、法律を変え、制度を変更し、「共創」を下支えすることであって、それに徹することです。地方主権ということは国は役割と権限の引き算に踏み込まないと絵に書いた餅なのです。

あえて言うのなら、政府の仕事がいろいろと並べられていますが、予算ありきではなく、まずは政府として、ゼロ予算で政府ができること、ほんとうに政府でなければできないことで、戦略を組み立てればおそらくもっと迫力のある戦略になったのではないかと感じます。予算も、プロジェクトも規制緩和や制度変更で起こってきた新しい動きをサイドから支援するというところに限定すべきなのです。

いいことかどうかは議論の余地があるとしても、たとえば電子書籍で、作家や出版社の著作権の緩和を行えば、電子書籍市場は急激に広がってきます。ソフトバンクの孫さんが、電子教科書の普及には予算はいらない、法律を変えるだけで変わると以前おっしゃっていましたが、そうできるなら、それが政府のもっとも重要な役割です。市場を開くのは民間の仕事です。

「グリーン」「ライフ」「農林漁業」「中小企業」を「4大プロジェクト」とされています。そしてやはり、それぞれに生まれてくる市場の規模と雇用数が書かれています。官僚が、鉛筆をなめなめ、公共事業の結論ありきの需要予測を行い、数々の無駄な空港や港湾、道路、新幹線などのインフラ事業など進め、負の遺産を積み上げてきた手法そのものです。おまけのように工程表がつけられていて、官僚の仕事が満載されているのです。政府が主導してイノベーションが起こせるのなら、今頃全国にばら撒かれたテクノポリスは、とっくにシリコンバレーに匹敵する知的産業の集積地となっていたはずです。無駄の足し算なのです。

それにほんとうの課題や技術の焦点も理解していないのかもしれません。分かりやすいところではEV(電気自動車)に関してです。まるでマスコミにコメントを書いている評論家レベルの認識で充電設備のネットワークをつくるというのですから。

自動車産業がどの技術で次世代をひらくかはまだよくわかっていないところです。EV(電気自動車)も、公共用とか超小型自動車などでニッチな分野を開くかもしれません。しかし、実用化のめどがまだないEVを前提に、その充電インフラになぜ資金を投じようとするのでしょうか。

日本のマスコミが、これからはEVの時代だと信じても実害はありませんが、政治家や官僚が思い込んでしまうと、そこには無駄な仕事と無駄な予算が発生してきます。EV(電気自動車)は、インフラも含め、政府が関与する問題ではないのです。それは民間が投資すべき事案です。政府はEV(電気自動車)普及の障害を取り除くために法的な措置をとればいいだけです。
ほんとうにどのようなイノベーションが自動車を大きく変えるのかはわからないのです。天然ガスを液化させたものが次世代を担うのかもしれないですし、しかも自動車産業の技術競争は、それほど単純ではないことを詳しく書かれている記事がタイミングよくありました。この記事を見るだけで、政治家や官僚の知識の浅さがわかると思います。
EVも原発も「定説」と「感情」だけで語り続ける日本のメディア 科学技術を読み解くことを怠ったニュース作りが日本をダメにする :

「日本再生戦略」が閣議決定されたことは、オリンピックもあって影が薄いのですが、魅力に乏しいことも注目されない大きな理由なのでしょう。批判もありますが、ツイッターでスピード感の欠如や優先順位がないことなどを指摘されているつぶやきもありました。今回の「日本再生戦略」は、企業が行っているように、PDCAを回して、実行と振り返りを行うといううのはいいのですが、まさか予算の遂行状況でPDCAを回すという愚に走ることだけはやめてもらいたいものです。

野田総理は5日、岡山市の医療機器メーカー「ナカシマメディカル」本社工場と広島県福山市のシャープ福山工場を視察し、「日本の誇る物づくりと医療が密接に連携すれば、間違いなく成長産業が生まれる。日本再生戦略の方向性は間違っていないと実感できた」と語ったそうです。その認識もどうかと感じます。それほど世界の競争はあまくありません。優れた物づくりに加え、技術と医療をつなげる高度なサービスがなければ、医療ビジネスは競争力を持てないのですから。
朝日新聞デジタル:野田首相がLED工場など視察 日本再生戦略の重点項目 – 政治 :