増資インサイダー問題とオフショア・ファンドへの捜査

藤沢 数希

金融危機により、多くの日本の大企業は資金調達が必要になった。そして2009年頃から大規模な公募増資が相次いだ。金融危機で株価が低迷する中、公募増資の発表は、既存株主には気が重いニュースだった。理論的には、増資は、株式数の増加により、一株当たりの株主価値が希薄化するが、その分の現金が会社に入るので、株価には中立のはずである。しかし、売られる株数が大幅に増加することによる需給の悪化や、新規事業に投資するというよりは、資金に困っているというシグナルを市場に発するため、多くの場合、株価は下落する。


日本で公募増資の相次いだ期間の、増資銘柄の値下がりはかなり激しいものだった。インサイダー情報を手にしたヘッジファンドのみならず、そういったヘッジファンドの空売りによる値下がりの連想から、公募増資発表後も多くの投資家が該当銘柄が売り浴びせたからだ。全日空、NEC、東電、エルピーダ、マネックス、INPEX、みずほ、三井住友など、大型公募増資を発表した銘柄はことごとく暴落した。これらの銘柄は、公募増資が発表される前から、取引高が大幅に増加していた。市場参加者の間では、インサイダー取り引きが行われているのは明らかであった。

公募増資をする企業は、証券会社に調達する金額の目標を指示する。証券会社は、公募増資の条件とスケジュールを決め、発表する。公募増資の株を割り当てられた投資家は、あらかじめ決められた条件で、新株を買うことができる。その時の株価は、値決め日の終値やある程度の日数の平均株価の3%ディスカウントなどと決まる。つまり、公募増資の割り当てを受けた投資家は、値決め日までに空売りしておき、値決め日に空売りした銘柄を3%安く買い戻すことにより、ほぼ確実に儲けることができた。それゆえに、空売りで儲けたいヘッジファンドは、公募増資の株を少しでもたくさん割り当ててもらおうとしていた。証券会社は、ふだんの手数料の支払状況などから、優良顧客に優先して、多数の株を割り当てる。(このように手数料をたくさん払ってくれている顧客に、証券会社が公募増資の株を多く回すのは違法ではない。)

増資の発表前から、インサイダー情報を証券会社から受け取ったヘッジファンドが空売りをはじめ、さらに値決め日にも売り浴びせて、増資の株価を下落させることにより、ボロい儲けになる。ここまで来ると、当然違法だが、このようなインサイダー取引や、値決め日にインパクトを出して終値を下げるようなことが広く行われていた。こうして低い株価で資金調達しなければいけない既存株主の大きな犠牲のもと、多くの証券会社やヘッジファンドが儲けていた。筆者のざっくりとした計算では、軽く数千億円以上の金が、これらの大型公募増資でヘッジファンドに流れたと思う。(現在では、増資の新株の割り当てで、空売りの買い戻しをすることは違法になっている。)

今年の5月に証券取引等監視委員会が中央三井アセット信託銀行やあすかマネジメントに、ようやく金融商品取引法違反で課徴金を課すなど、日本の監督当局も動き出したのだが、その後は、野村證券に行政処分をしただけである。これを受けて野村證券の渡部賢一CEOが引責辞任している。しかし、日本の増資インサイダーで大々的に儲けていたのは、海外(オフショア)のヘッジファンドであり、日本の捜査当局は、捜査権限がない海外の摘発は全く及び腰になっているようだ。今後は、こういった国境を超えて、捜査しなければいけない事例がますます増えていくのだから、海外の監督当局との密な関係を築き、グローバルな金融の不正取引に対応できるような体制を速やかに整える必要があろう。

参考資料
増資インサイダー、監視委が旧中央三井とあすかへの課徴金納付を勧告、ロイター、2012年5月29日
増資インサイダー問題、東証が20銘柄リストを民主部会に提出、ロイター、2012年7月5日
〔特集・増資インサイダー〕野村トップ辞任劇、危機感背景に古賀会長が振るった大なた、ロイター、2012年7月28日