組織の不正抑止への意欲と内部通報の件数は比例する --- 山口 利昭

アゴラ編集部

ひさびさの内部通報ネタでありますが、8月13日、消費者庁(公益通報者保護法ウェブサイト)HPに平成23年度行政機関における公益通報者保護法の施行状況調査結果がアップされております。厳密には公益通報と内部通報とは異なりますが(公益通報は厳格な要件のもとで外部通報も保護対象に含まれます。したがって、この調査結果の後半では、外部労働者からの通報集計結果も公表されております)、行政機関ごとの公益通報制度の運用状況が垣間見えるものとして、興味をそそります。


政令指定都市の比較表をみますと、大阪市がダントツの通報件数(550件以上)とありますが、これは私が説明するまでもなく、大阪市長の内部通報奨励策によるものであることに間違いありません(通報事実を十分に調査せず公表したために、後日大きな問題になってしまった事件もありました 「内部通報事実の事前開示はリスクが高い」参照)。その他の政令指定都市では、神戸市が比較的多くの通報を受理しているようです(33件)。私も神戸市に招かれたことがございますが、ここはとても職員のコンプライアンス意識の向上策に熱心に取り組んでおられるところであり、たとえば民間企業におけるコンプライアンス経営の取り組みなどを自らの組織にも採り入れようと努力されておられます。内部通報制度がどのように運用されれば実効性が高まるのか、という点についても試行錯誤されていらっしゃると思います。もちろん神戸市職員による不祥事も、ときどき新聞ネタとして登場しますので、決して組織自身に不正が少ないとは申し上げられませんが、この数字は前向きに取り組んでおられる証左ではないかと感じます。

都道府県レベルでの比較になりますと、あまり通報の受理件数が増えていないところが多いようです。これは公益通報制度における通報対象事実の範囲に関する問題ではないかと思われます。大阪市や神戸市のように、公益通報制度の受付窓口において、広く公務員倫理規定違反が疑われる事実も受理するものと定めた場合には、職員が比較的安心して通報することができますが、東京都のように法の定める「公益通報に限る」ものとすると、そもそも何が公益通報者保護法の定める公益通報に該当するのか、その通報事実がもし間違っていたら自分はどのような処分を受けるのか、といったことを通報者が不安にかられます。不正をただす、ということは正義に適うことではありますが、自ら不利益な制裁を受けることを覚悟してまで通報を行う、という方はほとんどおられないはずです。そう考えますと、公益通報制度運用にあたり、通報対象事実を厳格に解することによって、この制度はほとんど機能しなくなってしまうことがわかります(ひょっとすると、都道府県単位では、もっと内部的には緩やかな苦情相談窓口のようなものがあり、そこに公益通報に近いものが集約されているのかもしれません)。こうなりますと、せっかく組織不正を自ら把握するチャンスがあるにもかかわらず、マスコミ等への内部告発に向かってしまって、二次不祥事を発生させてしまうという、残念なケースに発展してしまうリスクが生じてしまいます。

このような調査結果からみますと、内部通報は、組織トップがどれだけ制度運用に熱心であるか、ということで通報受理件数に大きな差がつくものであることがわかります。自浄能力のある企業の形成こそ、これからのコンプライアンス経営の要諦であると思いますが、内部通報によって、速やかに組織の不正を把握することこそ、企業の自浄能力を発揮する第一歩となります。組織自身による内部通報制度運用に関する創意工夫が、通報件数を増やす要因となるものであり、決して不祥事が多い組織であることを客観的に世に示すものではないことを、あらためて認識しておきたいところであります。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年8月16日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。