「戦争が終わったから終戦記念日だ」「無条件降伏なら敗戦記念日だろう」「平和国家日本として、戦争から解放された日なら、解放記念日では?」……。8月15日を迎える度に、自問を続けて来た。
マスコミが煽る、「ケセラセラ」的現代日本の風潮を思うと、そんな事を考えるより「終戦記念日であろうが、敗戦記念日であろうが言葉のあやで、ドッチでも構わない」と言うのが正解だとしたら情けない。
いずれにせよ、我々もそろそろ「8月15日の意味」を見直す必要はあるだろう。
私自身は、無条件降伏した以上、「終戦記念日」には無理があると思っていたが、ドイツ・日本研究所のスヴェン・サーラ博士の書いた『ドイツと日本における『終戦』『敗戦』『解放』の記憶』を読んで多いに考えさせられた。
以下、博士の論文に学びながら、私の考えを述べてみたい。
戦後のドイツにも、降伏・終戦をめぐって様々な解釈があって、曖昧のままだった期間が長く続き、1975年のシェール西ドイツ大統領演説で、ドイツの終戦を敗戦としてではなく「解放」──つまりナチズムからの解放──と初めて公の場で定義し、さらに、日本人にも良く知られたヴァイツゼッカー大統領の戦後40周年記念式典での演説で、「終戦」を「ナチス独裁からの解放」と公式に位置づける事となった。
又、サーラ博士によると、ドイツ国民は「終戦」を「敗戦」とみなすより、「戦闘状態の終結」と考える国民が多いと言う。
そのドイツでは、「終戦記念日」は国定記念日にすら指定されていない事も初めて知った。ドイツで様々な終戦記念日がある事は、戦争やナチス支配について多様な見方がある事が背景にある事と、祝祭日を制定する権限は、国ではなく州に付与されている事情もあるとのことであった。
最近では、ドイツ国民の西ヨーロッパの一員であるという自己認識が強まるにつれ、大戦時の敵であった連合軍の勝利の始まりである、ノルマンディー上陸が終戦記念行事として定着したとも言う。
驚く事に、ドイツ人が東アジアの終戦との関連で認識しているのは「終戦・降伏」ではなく、ヒロシマ・ナガサキの記憶だと言う指摘であった。
ドイツ人にとってヒロシマ・ナガサキは自国が引き起こしたホロコーストに劣らず重要な位置を占めていると言っても過言ではないとセーラ博士は指摘する。
証拠として「原爆投下に関する各国の世論調査」結果を挙げている。
原爆投下は 米国 韓国 日本 ドイツ
正しい選択 62.3% 60.5% 8.2% 4.3%
まちがった選択 25.7% 19.1% 57.8% 66.2%
この結果でも解る通り、日本人よりもドイツ人のほうが原爆投下に批判的である事は驚きであり、この認識がドイツの「脱原発」ムードに影響を与えているのかも知れない。
東アジア諸国では「日本は自分達の反省より、原爆の被害者という面を強調しすぎる」と批判的な声が強いのに比べ、ドイツのメディアと社会では、ヒロシマ・ナガサキは戦争の負の遺産として強く意識されており、「謝罪されるべき被害を被った国はどこか」という質問に対して、ドイツで最も多かった答えは「イギリス」、その次は「日本」だったと言う。
ドイツ社会に強く浸透したこの考え方は、ドイツの多くの町で「ヒロシマ通り」や「ヒロシマ広場」と命名されて、原爆投下の記念・記憶として後世に残されている事でも明らかだと同博士は指摘している。
下らぬ話だが、日本には強硬だが、欧米に弱い韓国の政治家、とりわけ李明博大統領の感想を聞きたくなった。
現在のドイツの歴史認識においてこれ程大きな位置を占めるヒロシマ・ナガサキ原爆投下事件が、東アジア諸国では日本に対し「原爆の被害者という面を強すぎる」言う批判が出たり、日本国内でも「原発反対」運動の何処かに「党派性」の匂いを感ずるのは残念である、
戦後日本の外交政策も、「唯一の被爆国」と言う政治的な側面を強く押し出し過ぎたり、「米国「への過度な遠慮が「原爆の惨禍」と言う人類共通のテーマを世界に認識させる事に失敗してしまった。
日本も、終戦を「連合国による勝利は日本に対する勝利ではなく、全体主義と帝国主義から解放されたアジアための勝利の日」と捉え「軍国体制の終焉」をアジアの近隣諸国と共に祝える事が出来れば、終戦処理を巡る近隣アジア諸国との感情的な紛争も少しは沈静化できるに違いない。
その為には「脱亜入欧」を日本の近代をと捉えて、近隣アジア諸国を見下して来た政策に別れを告げる事は勿論、貿易相手国として重要性を増したからと言って擦り寄る最近の外交政策も改めなければならない。
ドイツ国民が欧州の一員であるという強い自己認識を持つた様に、日本国民も心底からアジアの一員である事を誇りに思い、アジアと一体感を持つ事が出来れば、「終戦」の大きな収穫である。
日本の祝日も「みどりの日」「海の日」「体育の日」など意味無い祝日は廃止して、「ヒロシマ」「ナガサキ」の日を、政治やイデオロギーとは無縁な「人類的な悲劇からの解放記念日」として国境と思想を超えた記念日にする努力をするべきだと思いながら迎えた、今年の8月15日であった。