自浄能力を発揮した大阪ガス社の危機管理(社内賭博事件) --- 山口 利昭

アゴラ編集部

さて、先週に引き続き内部通報・内部告発モノのネタであります。先週金曜日、大阪ガス社の野球部の部員36名(現役28名、OB8名)が、少なくとも3年ほど前から高校野球賭博、競馬賭博に打ち興じていた、ということを同社が公表、直前に迫った日本選手権予選への出場も辞退、ということが報じられておりました(新聞やニュースでもかなり大きくとりあげられておりました)。同社では、人事部長さんらが謝罪会見を開き、関係者の社内処分も今後行われるようです。


当ブログで過去に何度も申し上げておりますとおり、社内における遊興賭博が大問題とされる理由は、1. 反社会的勢力と企業との癒着の発端となりやすい不正であること、2. 「これくらいなら……」と、不正を黙認してしまう社内風土を醸成させてしまうこと、そして3. 社内に(たとえ軽微なものであったとしても)形式的違法状態を存在させることによって、警察権力が自由に社内捜査に立ち入る口実を作ってしまうこと(たとえば別件の重大な法令違反の捜査のために、賭博容疑を活用する等)といったところにあります。大阪ガス社のごく一部の社員による賭け事が、社を挙げての徹底調査の末、警察の捜査が開始されてしまうほどの大きな問題として捉えられてしまう、ということに一番驚いているのは、おそらく賭博に関わった野球部員の人たちではないでしょうか(賭博参加への勧誘が社内メールや張り紙で行われていたそうですから、おそらくリスクに関する認識が当事者にはなかったのではないかと)。

掛け金の多少にかかわらず、社内で賭博が行われることは問題であり、もちろん非難されるべき問題ではありますが、不正が発覚した以上、企業の危機対応の巧拙が次の企業コンプライアンス上の課題となります。今回の一連のマスコミ報道からしますと、大阪ガス社の対応としては、企業の自浄能力がはっきりと示された典型的事案ではないかと思われます。まず、マスコミでは「内部告発があった」と報じられていますが、実際には匿名による文書が社内の窓口に届いているわけですから、これは内部告発ではなく「内部通報」だと思われます。内部告発であれば、関係書類(証拠)を添付して、マスコミへ通報がなされるのが一般的であります。つまり匿名の通報者は、社内で徹底的な調査が行われ、自浄作用が発揮されることを期待していたものと推測されます。

次に、自浄能力が発揮された、といえるためには、社内調査や第三者委員会調査の際に、特に要求される「真実性」「迅速性」「客観性」のトレードオフの関係について、バランスよく配慮された調査がなされていることが必須の要件であります。今回の大阪ガス社の社内調査に関するマスコミ報道からしますと、まず8月13日に通報が届き、それからわずか2週間ほどで36名もの社員の不正行為を認定しているため「迅速性」についてはまったく問題ありません。10年前からやっていた、という社員の証言もありますので、なぜ過去3年間の不正に限定するのか?といった「迅速性優先のために真実性を犠牲にしたのではないか?」との疑問も湧いてくるところでありますが、これは賭博罪の公訴時効の関係や、時間の経過による証拠収集の限界があったため、と認められますので、これも「真実性」との関係では合理的な説明がつくものであります。さらに、社内調査で認定した事実が、果たして公正なものであるか、という点につきましては、同社は大阪府警に調査結果を報告し、引き継ぎを済ませたというものですから、できる範囲での「客観性」は担保されているものと思われます。そして不正事実に関する経緯を自ら公表し、社内処分も今後行われるというものなので、自浄能力を発揮したクライシスマネジメントとしては、相当にレベルの高いものであり、他社にも参考になる事例ではないでしょうか。

商品の提供にあたり、一般事業会社以上に消費者からの信頼を確保しなければならないガス事業者ということで、大阪ガス社としても万全の態勢で今回の不正問題に対処したものと思われます(幸い日本野球連盟から処分は課さない方針のようであります)。社外第三者に対して自浄能力のあるところを示す必要性も高い事例かとは思いますが、こういった不正に対して経営陣が断固許さないという大阪ガス本社および同社数百に及ぶグループ会社の役職員へのメッセージとしての意味も強いものがあると推測いたします。


編集部より:この記事は「ビジネス法務の部屋 since 2005」2012年9月3日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった山口利昭氏に感謝いたします。※編集部中:リニエンシーとは処分軽減のこと。
オリジナル原稿を読みたい方はビジネス法務の部屋 since 2005をご覧ください。