「原発ゼロ」は民主党の選挙キャンペーン

池田 信夫

政府は「2030年に原発ゼロ」という政策について、あすエネルギー・環境会議で正式決定し、野田首相が記者会見するそうだ。複数のメディアからコメントを求められたが、率直にいってこんなものは政策の名に値しない。その理由はこれまでにも書いたが、次の通り:

  • 民主党政権はまもなく消滅する:最近は「解散は年明け」という話も出てきたようだが、それでもあと4ヶ月足らず。そんな党が20年後の「原発比率」を決めても、実現する可能性はない。次の選挙では自民党が第一党になると思われるので、誰が総裁になっても民主党政権の閣議決定は白紙に戻すだろう。

  • 官僚機構が動かない:死に体の政権でも閣議決定は重いので、経産省のエネルギー基本計画にも反映せざるをえないが、今回の「原発ゼロ」騒動は、経産省がまったく関与しない古川元久氏の個人プレーだ。霞ヶ関は(環境省を除いて)民主党のエネルギー政策に協力する気はないので、閣議決定は空文化するだろう。
  • 「原発比率」なんてナンセンス:日本のエネルギー消費はこれから大きくは増えないので、問題は供給量ではなくコストの最小化だ。そのためには電力自由化で、競争を導入することが望ましい。政府の仕事は適正な競争が行なわれるための制度設計であり、結果として火力が選ばれるか原子力が選ばれるかは電力会社が決めればよい。そんなものを政府が決めるのは統制経済だ。
  • 原発は自然に減ってゆく:電力会社は「国策」として原発を建設してきたのに、福島第一原発事故で国が逃げて責任をすべて東電に押しつけたことにショックを受けており、もう国のいうことを聞く気はない。コスト的にもガスタービンのほうがローコストでリスクも小さいので、燃料の調達さえできればLNGに転換するだろう。自然減によって2030年には15%ぐらいにはなる。
  • 「原発ゼロ」で莫大な損失が発生する:自然減を超えて2030年にゼロにするためには、償却期間の残っている原発を廃炉にしなければならない。既存の原発の燃料費は1~2円/kWhと火力よりはるかに安いので、それを破棄すると、GDPが8%ぐらい吹っ飛ぶ。これは電力会社の財産権の侵害であり、数兆円の賠償が必要だろう。しかもゼロにしても核燃料は残り、その再処理などにかかる年間数千億円のコストは、何のエネルギーも生まない社会的な浪費になる。
  • 環境汚染は増える:それでも原発をなくすことによって環境が改善するのなら意味があるが、EU委員会など多くの公的機関が一致して示すように、原子力よりも火力のほうが環境汚染などの外部コストは大きい。特に日本政府の「CO2の1990年比25%削減」という国際公約は守れない。

このように「原発ゼロ」はエネルギー政策としてはナンセンスだが、次の総選挙でボロ負けが予想される民主党が情報弱者にアピールする唯一の売り物としては意味がある。つまり民主党は、彼らの選挙キャンペーンのコストを未来の納税者に押しつけているのだ。これは野党になったら結果に責任をとらなくてもいいことを見込んだ福島みずほ的モラルハザードである。民主党は「何でも反対」の万年野党に先祖返りしたのだろう。