今回の騒動と中国経済の今後

釣 雅雄

私の名字はです。先日,騒動の直前に中国へ行きましたが,漢字でサインするとじっとみられました。今だったら少し危ないかも。

ラフにですが,経済への影響について考えます。

中国は為替政策の問題はありますが,ある程度の景気減速を許容しながらインフレを抑えるなど,中期的な調整はきちんとしていたと思います。しかしながら,今回の騒動が政治的なものなら,中国経済にとってマイナスでしょう。そして,そのマイナスは中国の政策当局の想像よりも大きいかもしれません。


1. 中国は日本の経済水準にまだ当分の間は追いつけない:政治体制の変化が必要

中国政府は自国の経済に自信を深めているのかもしれませんが,これは気が早すぎです。

直感的に説明したいと思います。商業の基本は「裁定取引」です。例えばそれが価格差であれば,安いところで買って,それを高いところに運んで儲けるというものです。中国はモノ作りをしてはいるものの,安い賃金を用いて先進国に輸出し儲けるという,まさに裁定によって今は成長しているようにみえます。

そのため,いくつかの課題を抱えています。1つは,低賃金の労働者が必要であり,格差も生じやすいということです。今回の騒動にはそういう不満もあるようです。ただし,これは本当は悪いことではありません。輸入する国はより安く財が手に入り,中国でも中長期的には賃金が上昇して労働者にとってプラスになります。

もう1つは,いずれこの裁定はなくなるので,果たしてそれを超えた成長が可能かということです。でもこれは難しいでしょう。お金持ちの中東諸国でも国全体が先進国化しないことからわかるように,中国がある程度裕福になったとしても,そこから構造転換できるとは限らないのです。むしろ,労働資源に頼りすぎて転換が遅れる可能性が高いと思います。

下の図は1人あたりの実質GDP(購買力平価,ドル,アンガス・マディソン(2000)より作成)の推移を,日本,アルゼンチン,韓国,米国についてみたものです。

アルゼンチンは1960年代頃までは日本より豊かでした。しかしその後,経済は低迷します。韓国は1950年代こそ朝鮮戦争がありましたが,1970年代でもまだ成長軌道に乗っていません。現状からみて韓国はもっとはやく成長していても不思議ではありません。

この二国は軍事政権でした。国が豊かであっても,あるいは豊かになる条件がそろっていても政治や行政によってはうまく成長できないようです。

日本もそうでしたが,成長している間は非効率があっても何とかなります。しかしキャッチ・アップ期あるいはその前の収束期(不足していた資本ストックが充足する)が終われば,非効率な行政と経営の問題が明らかになります。そのため,中国もある程度以上(例えば,購買力でみて現在は日本の1/5程度,これが1/3程度になったあたり)では,構造的な問題が出るのではと予想します。

2.中国経済は大きく減速する可能性:日本経済との関係を保つべき

もう少し短期で考えても,今回の騒動で中国経済は減速する可能性が高まったと考えます。中国の経済構造はかなり特殊です。

下の図は,中国と日本のGDPについて,政府支出,民間消費,投資(民と公)の額を比較したものです。さらに,投資と輸出入については右軸で対GDP比(%)を示しました。(データ:中国は中国国家統計局,日本は内閣府より。名目,現地通貨)

日本と比較すると圧倒的に投資が大きく,GDPに対して半分近くにもなります。一方で民間消費が少ないこともわかります。ここでは日本と比較していますが,他の国との比較でも大きく,日本の高度成長期とも異なります。

さらに,内閣府の世界経済の潮流 2012年I 2章 を参考に投資の寄与度をみると,その半分程度は第3次産業,特に不動産が占めています。ざっくりといえば残りの半分くらいが製造業等の投資と考えます。

バブル的な不動産投資を除いても,まだ,投資が大きいのにはおそらく先ほどの意味での裁定が関わっています。

図にあるように,中国は輸出の対GDP比(%)も27.1%と大きくなっています。消費の約33%に迫るかなりの貿易依存です。中国でなぜこれだけ大きな投資が正当化されているかというと,投資の収益率に輸出による裁定の儲け分が含まれているからだと考えます。(すなわち低賃金のため輸出の利益率が中国基準で高い。)

もちろん輸出する財は労働のみでは生産できません。それを支えているのは石油などの資源,海外からの直接投資,(主に日本からの)中間財輸入などです。特に輸入について中国政府は,自分で行ったレアアースの件を忘れて,日本経済との関係を軽く捉えているようにみえます。

中国の経済成長を支えている投資の増大は将来の収益に基づいており,そこに輸出が含まれているはずです。輸入の減少と輸出からの利益の減少が予想されれば,比較的早くに投資も低迷すると考えられます。

そう考えると,日本との関係は無視できません。中国経済は輸入や直接投資により日本経済に依存しています。今回の騒動によって日本の企業がカントリーリスクを意識して,こぞって他の国をパートナーに変更するかもしれません。この時,日本からの輸入にも減少圧力が加わります。そうなると中国経済の成長は,投資の収益率の減少を原因としてマイナスすら考えられるほどに減速するはずです。

それは極端なケースですが,いずれにしても中国経済のポイントは投資であり,それに日本が関わっていると考えます。もう少し日本との関係を良好に保って欲しいのですが。

岡山大学経済学部・准教授
釣雅雄(つりまさお)
@tsuri_masao