対米従属という合理的戦略

池田 信夫


きのう與那覇さんとニコ生で話したことだが、最近の中韓との騒ぎには、民主党政権で日米同盟がゆらいできたという背景があるような気がする。そこでも紹介したが、孫崎享『戦後史の正体』が20万部を超えるベストセラーになっている。私は手の込んだギャグとして楽しく読んだのだが、世の中にはこれを信じる人もいるようなので、まじめにコメントしておこう。


この本は「アメリカが日本の政治をコントロールして政権を従属させ、独立派の政治家を失脚させてきた」という陰謀史観である。終戦直後については当たっている部分もあるが、ほとんどは著者の被害妄想だ。たとえば鳩山由紀夫氏や小沢一郎氏が失脚したのは、アメリカがマスコミや東京地検を使って彼らを追い落としたためだという。橋本龍太郎も細川護煕も宮沢喜一も竹下登も、すべてアメリカが失脚させたことになっているが、その根拠は著者の妄想だけだ。

こういうチープな陰謀論が多くの読者の共感を得るのは、結果的にアメリカの意志に従って日本の政治が動いてきたからだろう。その最大の原因は、GHQの決めた憲法を改正することに失敗したからだ。冷戦が始まったとき、アメリカは憲法を改正して日本に軍備をもたせようとしたのだが、吉田茂はそれを拒否した。この吉田ドクトリンの失敗が、日本の政治が根本に抱える矛盾である。

これを孫崎氏は「日本はアメリカの属国だ」と怒るが、むしろ戦後の日本の平和はアメリカの核の傘に守られてきたのだ。それが80年代に日本がアメリカのライバルになり、90年代には冷戦の崩壊で西側の橋頭堡としての戦略的重要性を失い、2000年代にはアメリカの関心が中国に移ったことから、両国関係に亀裂が入った。そのころから日本の政治が迷走し始めたのも偶然ではない。

日本が戦後60年以上も対米従属を続けてきたのは、アメリカの陰謀のせいではなく、心ならずも続いてきた対米従属が合理的戦略だったからだ。これは日本が代わりにソ連に占領されていたらどうなったかを考えれば明らかだろう。日本を共産主義に従属させるには強圧的な権力が必要だが、自由経済に誘導するのに陰謀や工作は必要ない。人々はおのずから自由で豊かな社会を望むからだ。

『「日本史」の終わり』でも書いたように、タコツボ共同体の集合である日本には中枢機能がなく、「空白の中心」としての天皇を誰かが代理する構造が続いてきた。80年代までの日本で天皇の代理はアメリカだったが、彼らが日本への関心を失ったことが、日本の政治が求心力を失って混乱している原因だ。中韓は、それを鋭く見抜いている。

次の政権が自民党主導に戻るとすると、憲法や同盟関係を見直すことが重要な問題になるだろう。安倍晋三氏も石破茂氏も憲法改正を志向しているが、現実にはまず不可能だ。自主独立の必然的な帰結は核武装だが、これも夢のまた夢だろう。私も日本は軍事的に独立すべきだと思うが、もともと平和ボケの日本人は、戦後の「アメリカの平和」の中で政治家も危機管理能力を喪失してしまった。私は彼らに命を預ける気にはならない。

対米従属を糾弾する人々はTPPも拒否し、日本は国内に引きこもって日銀がマネーをばらまけばいいと主張する。彼らは、日本の平和がアメリカの庇護によるものであることを認識していないのだ。小川和久氏によれば、日米同盟なしに日本を守るには、直接経費で9倍、後方装備を含めると今の16倍の軍備が必要だという。財政危機の日本にそんな金はないし、幸か不幸かそういう合意が成立する可能性もない。

とはいえ日本は否応なく、アメリカから「乳離れ」しなければならない。核武装は不可能だが、引きこもりの先にも明るい未来は見えない。どうすればいいのだろうか・・・といった問題を、アゴラ読書塾「民主主義と日本人」では考えてみたい。