アップルは体験を売り、サムスンはモノを売る

大西 宏

銀座でiPhone5を求めて徹夜の行列ができたこともあって、メディアもiPhone5でまるでお祭り騒ぎのように賑わっていました。米国でもニューヨーク、ボストン、ミネアポリスなどでiPhone4Sの発売時を上回る行列ができ、iPhone5フィーバーが起こったようです。今日iPhone5が発売後の最初の3日間の売上が発表されると思いますが記録を大きく塗り替えることはもう確実です。


samsung-galaxy-s-iii-anti-iphone-5-ad-full-sizeさて、今回のiPhone5の薄さ、軽さは文句なしにアンドロイド勢、とくにサムスンのGalaxy S IIIを抜いています。しかしiPhone5が人気がでそうなことに危機感を感じたのか、サムスンがアンチiPhoneの比較広告を出しました。この比較広告は、”It doesn’t take a genius. The Next Big Thing Is Already Here.” (「誰だってわかること。次の(iPhone5の)目玉はとっくにこちらにありますよ」という感じでしょうか)」というキャッチフレーズで画像のように仕様書のように機能を並べ、その数の多さを誇らしげに示したものです。

その広告には、かつてSONYがウォークマン誕生25周年の当たる年に、アップルのiPodを追い抜くと宣言して発表した仕様書の塊のようなSONY初のデジタルウォークマンを彷彿とさせます。まったく同じ体質を感じます。サムスンは、モノを開発し、モノを売る知恵や感性しかないことを自ら認めてしまったに等しいのです。それは、サムスンの限界を物語っているように感じます。

中島聡さんが、以前に「もし日本のメーカーがiPhoneを発売していたら・・・マルチタッチ・スマートフォン i3001」というタイトルで、おそらく機能を羅列するのだろうというという皮肉たっぷりのブログを書いておられましたが、思わず思い出してしまいました。
Life is beautiful: もし日本のメーカーが iPhone を発売していたら.. :

日本と違って米国では、比較広告を出すことはとくに珍しいことではないとしても、機能や性能を並べただけではなにが優れているのかは、消費者には伝わりません。売り手の自己満足に過ぎないのです。
発表されているベンチマークでは速さでは、iPhone5は、iPhone4Sよりも、また他のアンドロイド・スマートフォンよりも断然速いけれど、Galaxy S IIIのほうがそれよりもやや速いという結果も発表されていますが、それは消費者にとってあまり大きな意味を持つとは思えません。消費者は速さだけで評価するのではないのですから。
iPhone 5ベンチマーク:「Galaxy S III」に僅差で負け? ≪ WIRED.jp :

どれだけ機能を並べ、もしそれがiPhone5よりも優れていたとしても、Galaxy S IIIでは人は列をつくらなかったのです。それだけコアなファンもいないし、消費者を熱狂させる魔力も持っていません。いい製品かもしれないとしても、なにかが欠けているのです。

それは新しい体験への期待であり、体験から得られる満足感だと思います。実際、すでにiPhone4SからiPhone5を入手した人の話を聞いても、触ってみた満足度は「軽い、でかい、速い」と極めて高いようです。
サムスンは、モノの開発では、また価格競争では日本のメーカーに勝ちましたが、同じことがサムスンに起こる可能性は決して低いとはいえません。機能や性能競争でつねにトップを走り続けなければ、いつなんどき市場の地位も覆される危険性も抱えているのです。それは日本の情報家電がトップの座からあっという間に引きずり落とされたことが物語っています。

機能や性能を競う開発は、客観的なデータの裏付けが取りやすく、社内の決定も容易です。しかし感性は客観的に評価することは容易ではありません。デザインならまだプロトタイプ(試作品)で評価を得ることもできるでしょうが、体験の心地よさとなると発売後の評価になってしまいます。実際アップルも発売後の満足度については、消費者調査を行っていることが知られています。

客観的なデータが示せるものばかりを追い求めていく開発は、安易な商品開発と、安易な意思決定が社内にはびこる原因ともなってきます。消費者にとって何が変わるのか、どんな新しい体験が用意され、それにどんな意味を感じてもらうのかの舞台づくりがなければ、機能や性能もたんなる意味のない記号にしか過ぎません。素材や部品といった中間財の場合はそれが競争力ともなってきますが、最終消費財の場合はそれが通じる時代ではなくなってきているのです。

今回のiPhone5発売と、それに対するサムスンの反応で両者の違いが鮮明になったように感じます。いくらサムスンのGalaxyがiPhoneの販売量やシェアで上回ったとしても、まだやはりiPhoneがスマートフォンのトップブランドの座から落ちることはない、ブランドの強さでは引き離していることをまざまざと見せつけているのではないでしょうか。

さてiPhone5の出だし好調で、日本では厳しくなってきたのがNTTドコモです。サムスンのGalaxyが米国の裁判の評決で厳しい結果となり、いつ発売差し止めになるかわからないというリスクを嫌ってか、LG電子のスマートフォンで乗り切ろうとしているようですが、それでは厳しいように感じます。
市場における力関係が変わってきます、2012年8月末の契約数のシェアで、NTTドコモはトップで45%ですが、第二位のauが26%と続くSoftBankの22%を合わせるとNTTドコモと拮抗状態です。そのauとSoftBankがiPhone5の販売の主導権を求めて競い合うと、iPhone5のプロモーションの相乗効果がでてきます。それに対抗するのは結構大変で、よほどのサプライズがなければ埋没し、ユーザーを奪われることが加速していきそうです。

さてNTTドコモが、この窮地にどのような反撃をするのかも注目したいところです。