ものづくりのロングテール - 『MAKERS』

池田 信夫

MAKERS―21世紀の産業革命が始まる
著者:クリス・アンダーソン
販売元:NHK出版
(2012-10-23)
販売元:Amazon.co.jp
★★★★☆


『ロングテール』『FREE』でネットビジネスの新しいモデルを提案してきたクリス・アンダーソンの新著のテーマは「ものづくり」だ――といっても在来型の製造業の話ではない。3Dプリンタが製造業を大きく変えるという話だ。

3Dプリンタといわれてもピンと来ない人が多いだろうが、要は小型のNC工作機である。30年ぐらい前を思い出してほしい。「印刷機」といえば印刷会社や新聞社にある巨大なもので、家庭で印刷できる時代が来るとは誰も思わなかった。それが今では、どこの家にもプリンタはあるだろう。同じように、金型を起こさないとできなかったものづくりが、ネットワークとソフトウェアで簡単にできるようになったのだ。

たとえばゴムでできたおもちゃを考えよう。1万ドルで金型を起こし、1個について10ドルの材料費が必要だとすると、20ドルで売って採算を取るには1000個以上売らなければならない。これに対して3Dプリンタを使って1個ずつ射出成形すると、金型が必要ないので固定費がいらないが、1個つくるのに1時間ぐらいかかる。そのコストが1個15ドルだとすると、最初の1個から利益が出るが、何個つくってもコストは同じなので、2000個以上つくるなら従来方式のほうがいい。

このように3Dプリンタは、従来の手作りと大量生産の中間のロングテールの領域を開拓するものだ。これまでは数千個とか数万個つくらないと採算のとれないマスプロ製品が手作りの製品を駆逐してきたので、手作りは非常にコストの高い特殊な高級品しかなかったが、3Dプリンタなどの新しい工作機械をつかうと、数十個から数百個で採算が合うようになるので、個人向けにカスタマイズ可能になる。

こういうニッチ市場は今までは開拓されていなかったが、ネット販売を使えば少数の多様な顧客に売ることが可能だ。その設計もネットワークで情報共有して共同作業できる。こうした方法で、装飾品や電子部品のような単純な製品だけでなく、カスタマイズした自動車や家具までつくっている企業がある。初期投資が少なくていいので、ベンチャー向きだ。在来型のものづくりは凋落が著しいが、こういうテクノロジーを使えば、日本の製造業も息を吹き返すかも知れない。