モノのインターネット -- 中村 伊知哉

アゴラ編集部

アゴラの合宿で、村上憲郎さん、西和彦さん、池田信夫さんと一緒に「物のインターネット」と題するパネルセッションを持ちました。スマートグリッドをサカナに、物と物がつながるネットの展望をお話したんですが、ぼくも久しぶりに未来志向のネタで楽しみました。自分のコメントを整理しておきます。


1 やっと来たかユビキタス

ネグロポンテが唱えた「アトムとビットの結合」。アトム=原子=物理空間と、ビット=情報空間とが結合するという概念は、90年代にアトム→ビットとして実現しました。インターネットです。現実の営みがネット上でも行われるようになるということです。

そして2000年代には逆運動、ビット→アトムが期待されました。情報が現実空間にせり出してくる。そう、「ユビキタス」です。

ところが、ユビキタスを日本は「いつでも、どこでも、誰とでも」と誤訳してしまった。だからユビキタスが実現したような気になっていた。違うんです。それはユビキタスではなくて、「モバイル」です。モバイルとユビキタスは、3点で別物なのです。

  1. モバイルは「いつでも」、ユビキタスは「いつも」。モバイルはユーザの意志によってオンとオフがあるのですが、24時間ず~っとつながっているのがユビキタス。
  2. モバイルは人と人、P2P。ユビキタスは物と物も含む。M2M。
  3. だから、モバイルはモバイル端末がある。スマホやタブレットでスマートになったが、やはりモバイル。ユビキタスは、てぶら。ウェアラブルコンピュータが近い。

総務省のデータを元に計算すると、過去10年の日本の情報発信量は30倍増加。今後10年で世界の情報量が300倍になるという予測もあります。爆発的です。でもこれらはP2Pのコミュニケーション。物と物がつながるなら、一人100個のモノがあるとして、100×100にはなるのではるかに情報量が増えるのは確実。

故マークワイザーがXEROX当時にユビキタスコンピューティングを唱えて20年。12年前にはウェアラブルもずいぶん注目され、ゴーグル型のディスプレイもあれこれ提案されましたが、とんと来ませんでした。恐らくテクノロジーよりもファッションの問題だったんでしょうね。かっこいいウェアラブルが現れなかった。デザインの重要性が今も問われています。

スマートメーターというファッションやデザインが前面に出ないインフラ的な地平からユビキタスが再登場してきたのはうるわしい。コンピュータを現実空間に埋め込んで視界から取り除き、賢く、静謐な社会を作るというユビキタスの概念にふさわしい。

この点、日本はテストベッドとして適しています。八百万の神々が隅々に静かに棲んでおられるのですから。あらゆるモノが命を宿しているのですから。だからロボットペットが受け容れられ、マイコン炊飯ジャーが使われる。いらっしゃいませとしゃべる自販機が街角にたたずみ、電車の改札はアッチからもコッチからも来るおさいふケータイに反応して扉を毎秒、黙々と開け閉めしているのです。

2 スマグリってネーミングどうよ

発送電の分離が取りざたされていますね。ハードソフト分離とハード間競争の設計になるわけですが、それが当たり前の通信分野は自由化から30年。ぼくは通信自由化当時、郵政省の担当として通産省から自由化推進、規制緩和徹底をさんざん責め上げられたわけでして、逆に今、ヘイ通産省、この30年ナニやっとったんじゃ、と問い詰めたいが、まぁそこは言いたくない30年分の自己弁護があるんでしょう。

電力料金はこの15年で2割の低下。それなりに努力は見えるんですけど、通信コストの劇的なダウンから見ればおぬしまだまだじゃな。しかし、イノベーションは起きています。PC、家電、クルマ・・電気を使う側です。供給側に目覚ましい進歩はないが、利用側が革新を見せているのです。

ところで、西さんがソーラー発電+蓄電池の5万円ホームセットを紹介していました。
ええっ?それってイノベじゃね?

11年前、西さんとぼくらのチームがMITで提案した100ドルPC構想が途上国の教育情報化を推進する大プロジェクトに化けました。ダウンサイジングが教育を変えるという発想。日本政府には響かなかったけど。

で、電力もダウンサイジングでみんなが発電するようになると、スマートグリッドや代替エネルギー事業などを飛び越えてしまいませんか。インターネットが電話事業をグズグズにしたように、電力会社も急激に液状化しませんかね。

さて、みんながスマートメーターでつながると、そのデータは誰のもの?という問題が起こります。電力会社は囲いたがり、ユーザは自分の情報と考える。センサー=モノが発する情報を社会としてどう活用するか。オープンデータ問題です。

MITのパティ・マース教授は、10年前、エージェントソフトをユビキタスに埋め込んでいくに当たり、技術よりプライバシー管理のほうが難問になるだろうと予想していました。そのとおり、技術を経て利用のステージに至るやいなや、技術を社会が円滑に受け容れる仕事が難しくなってきています。

ところで村上さんがスマートメーターをスマメ、スマートグリッドをスマグリって呼んでたんですけど、スマメもスマグリも今一つ普及しないのは、そのネーミングに問題があるんじゃないですか。メとかグリとか言われてもナニのことだかピンと来ませんから。なんかこう、国民総エレキないい名称はないもんですかね。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2012年10月25日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。