新興国で見つかる発想のヒント - 『リバース・イノベーション』

池田 信夫

リバース・イノベーションリバース・イノベーション
著者:ビジャイ・ゴビンダラジャン
販売元:ダイヤモンド社
(2012-09-28)
販売元:Amazon.co.jp
★★★☆☆


クリステンセンのいう破壊的イノベーションは、悪くて安い技術が良質で高い技術を駆逐することだ。かつてアメリカ人はホンダのオートバイやトヨタの自動車を「おもちゃ」と笑ったが、それはアメリカの製造業を滅亡の淵に追い詰めた。いま同じことが新興国で起こりつつある。それが本書のいうリバース・イノベーションである。

インドのタタ・モーターズの開発した大衆車「ナノ」は2000ドル余り。ワイパーは1本で、助手席側のドアミラーもないが、新興国のこうした技術を笑う人はいない。それは先進国にも逆輸入されているからだ。たとえばインドで開発されたGEの心電計MAC400は、わずか800ドル。すぐ逆輸入され、ヨーロッパの売り上げが半分を占めるようになった。

「新興国は貧しいからローエンドの製品を売ればいい」とか「古い技術を新興国むけにカスタマイズすればいい」というのは間違いだ。たしかに新興国にはインフラが乏しいが、その代わり最新技術を導入できる。固定電話網はないが、通信インフラは携帯電話になり、テレビも携帯端末で中継されて液晶モニターで放送される。工場も垂直統合型の大企業ではなく、携帯端末でつながった労働者の分散ネットワークで生産される。

主要な市場も先進国とは違い、医療や水などの基礎的な衛生サービスがもっとも重要である。特に大きいのは医療で、先進国のような医師ギルドがないため、株式会社が自由に参入し、医療保険もないので低所得に見合った低コストの医療サービスが大量生産方式で提供されている。ひとつの病院に1000を超えるベッドがあり、心臓外科の手術も2000ドル程度でできる。こうしたサービスも、先進国に輸出され始めている。

新興国は、もはや単なる低賃金労働のプールではない。IBMもシスコも、グローバルな開発拠点をインドのバンガロールに置いた。最初からグローバルに戦略を考える発想の転換が求められているのだ。本書はこうした新興国のイノベーションのカタログで、読み物としては単調だが、ビジネスマンには参考になるヒントがたくさんある。