米テレビ局を震撼させた2件の訴訟(その1)

城所 岩生

今年に入って、米テレビ局のビジネスモデルを揺るがすような二つのサービスが相次いで登場した。一つはベンチャー企業がはじめたクラウドTVサービス。もう一つは衛星放送テレビ局がはじめた、自動広告飛ばし機能つきのデジタル・ビデオ・レコーダー(以下、”DVR”)である。予想どおり、テレビ局が訴訟を提起したが、裁判所は仮差し止め申請については2件とも却下した。


一つ目のクラウドTVサービスは、エリオ(Aereo)というサービスである。昨年、「まねきTV事件」最高裁判決でクラウドも国内勢全滅の検索エンジンの二の舞か? で、米国では類似のサービスに対して著作権侵害を否認する判決が出ていると説明した。その時に紹介したケーブルビジョン判決よりも、さらに「まねきTV」に近い。ただし、まねきTVとの違いはクラウド型で、スマホなどの携帯機器も含め、5台までの端末で受信できる点にある。

ケーブルTV局のビジネスモデルを根底から揺るがしかねないエリオに対して、テレビ局が訴訟を提起したが、ニューヨークの連邦地裁は仮差し止めを認めなかった。

ケーブルビジョン判決
ケーブルTV大手のケーブルビジョンは、ユーザが自宅の録画機器ではなく、同社のサーバーに録画し、再生できるサービスを提供した。リモートストレージDVR(以下、”RS-DVR”)とよばれるこのサービスに対して、テレビ局や映画会社は著作権を侵害するとして訴えた。ニューヨークの第2高裁は08年、侵害を否認する判決を下し、最高裁も上訴を受理しなかった。

RS-DVRは自社が提供するコンテンツをより便利に利用してもらうサービスである。他人のコンテンツであるテレビ番組を利用する、まねきTVとはやや異なる事例だった。しかし、より「まねきTV」に近いサービスに対しては訴訟すら提起されていなかったため、昨年は同じテレビ番組の録画サービスであるケーブルビジョン判決と対比した。

ケーブルビジョン判決に依拠したエリオのビジネスモデル
今年2月にサービスを開始したエリオは、マンハッタン郊外のデータセンターに、日本の1円硬貨とほぼ同じ10セント硬貨のサイズの小さなアンテナをユーザごとに用意して、地上波を受信。これもユーザごとに割り当てた録画容量に40時間まで録画できるようにしている。アンテナは2本あるので、視聴しながら同時に録画することも可能。視聴、録画ともネット経由でテレビ受像器やパソコンだけでなく、クラウド時代にあわせて、スマホなどの携帯機器も含め最大5台まで受信できる。

専用アプリやセットトップボックスを介さずに20局以上の地上波放送を月額12ドルで視聴、録画できるサービスを、ニューヨーク市でスタートしたエリオに対して、ニューヨークのテレビ局17局が著作権侵害で訴えた。エリオはDVRを購入して、自宅のテレビに接続するのと同じサービスだと主張した。

ケーブルビジョンもRS-DVRは、①ユーザはケーブルビジョンのサーバーまで長い線でつながったリモコンを保有しているのと同じである ②ユーザ毎に割り当てられたケーブルビジョンのサーバーに、ユーザの指示にもとづいて、番組を録画するのだから、複製の主体はケーブルビジョンではなく、ユーザである したがって、ケーブルビジョンはテレビ局の著作権を侵害しない と主張。第2高裁はこの主張を認めた。

エリオもユーザごとにアンテナと録画スペースを用意し、ユーザの指示により視聴、録画できるようにした。ケーブルビジョン判決を踏まえたビジネスモデルである。

まねきTVとケーブルビジョンの比較
まねきTV事件では、知財高裁は「まねきTVの保管するベースステーションは、ユーザの端末あてに1対1の送信を行う機能しか持たないので、ベースステーションに放送を入力して、ユーザが視聴できるようにすることは、放送の送信可能化(自動公衆送信しうるようにすること、つまりサーバーにアップロードすること)にはあたらず、送信可能化権の侵害は成立しない」とした。

しかし、最高裁はこれを覆し、「誰でも契約を結べばユーザになれるので、まねきTVからみれば、ユーザは公衆にあたるためベースステーションは自動公衆送信装置にあたる。よって、インターネットに接続している自動公衆送信装置である、ベースステーションに放送を入力する行為は送信可能化にあたる」として送信可能化権の侵害を認めた。

米国には送信可能化権はない。「公衆送信」にあたる概念もないが、「公の実演」が公衆送信を含むとされている。ケーブルビジョン事件でテレビ局は、著作権者の持つ「公の実演権」を侵害すると主張した。第2高裁は、「RS-DVRの再生の一つ一つの送信は、単一のユーザによって作成された、単一かつ特定の複製物をもとに各ユーザに対してなされるものであるから、『公衆に対する』実演にはあたらず、よって公の実演権を侵害するものではない」としてテレビ局の主張を退けた。

ユーザごとに録画した番組をユーザごとに個別に送信するのだから公の実演でないとしたわけだが、対照的にまねきTV事件は、ユーザごとに録画した番組をユーザごとに個別に送信する場合でも、ネット経由で送信すれば公衆送信であるとした。

まねきTVとエリオの比較
冒頭紹介したクラウド型であること以外にもまねきTVとの相違はある。まねきTV事件では、ユーザはNHKの受信料を払っていた。米国にはNHKのような全国的な公共放送局はないが、地上波の受信状況が良くないため、8割以上の世帯がケーブルTVに加入している。ケーブルTV局は地上波テレビ局に再送信料を支払って、地上波の番組を再送信している。エリオは再送信料を支払わずに地上波の番組を再送信するので、地上波テレビ局やケーブルTV局にとっては間違いなく脅威である。

特にケーブルTV局にとっては、自分達のビジネスモデルを根底から揺るがしかねないサービスなので、仮差し止めは認められるのではないかと思っていた。ところが、今年7月、ニューヨークの連邦地裁は、テレビ局の出した仮差し止め申請を却下した。

仮差し止めは、訴訟継続中でもサービスが提供されると、回復しがたい損害が発生するおそれがある場合に認められるが、本訴訟でも勝てる見込みが十分あることが条件である。判事は地裁を管轄する第2高裁のケーブルビジョン判決があるために、本訴訟で勝てるかどうかは不確実であるとして、仮差し止めを認めなかった。テレビ局はただちに第2高裁に上訴した。11月末には口頭弁論が開かれるが、その行方が注目されている。

城所岩生