今年に入って、米テレビ局を震撼させた2件目の訴訟は、「自動広告飛ばし機能つきデジタル・ビデオ・レコーダー(以下、”DVR”)」に対する訴訟である。今年3月、米衛星テレビ大手のディッシュ・ネットワーク(以下、「ディッシュNW」)は、自社の提供するDVRに月額使用料を上乗せすれば利用できる二つの機能を追加した。Prime Time Anytime とAuto Hop である。Prime Time Anytimeは、4大ネットワーク局(ABC, CBS, NBC, FOX、以下、「ネットワーク局」)のプライムタイムよばれる午後8時から11時(日曜は午後7時から11時、いずれも東部標準時間)の全番組を録画し、局側で8日間保存してくれるサービス。Auto Hopは再生時にその機能を有効にすれば、自動的に広告を飛ばして視聴できるサービスである。
ディッシュNWもケーブルビジョン判決に依拠
4大ネットワーク局にとって、広告料の一番高いプライムタイムの広告飛ばしは、広告収入の減につながるため、間違いなく脅威である。FOXを皮切りに、次々と著作権侵害および契約違反でディッシュNWを訴えた。著作権侵害の主張は広告飛ばしが著作権を侵害するとの主張ではなく、許諾なしに複製し、頒布することが著作権者の専有する複製権および頒布権を侵害するとの主張。契約違反は現在の契約ではカバーされていないサービスであるとするもの。
その1で紹介したエリオ同様、ディッシュNWも、これもその1で紹介したケーブルビジョン判決を依りどころにした。複製するのは加入者で、ディッシュNWではないので、ディッシュNWは著作権侵害や契約違反ではないと主張した。
11月7日、ロスアンジェルスの連邦地裁はネットワーク局の仮差し止め申請を却下する決定を下した。マスコミ報道などによれば、著作権侵害の主張、契約違反の主張とも、おおむね退けられたようである。判決文はまだ公開されていない。判決文に企業秘密にかかわる内容が含まれていないか両当事者がチェックしているからである。
このため、複製権侵害が認められなかった理由は確認できないが、複製するのは加入者で、ディッシュNWではないとする主張が認められたものと推測される。そうだとすると、ケーブルビジョン判決の拘束力のある、第2高裁の管轄下にある地裁以外の地裁(ロスアンジェルス地裁は第9高裁の管轄)でも、複製の主体は事業者でなく、ユーザであるとするケーブルビジョン判決が支持されたことになる。
クラウドTVの「エリオ」、広告飛ばしの「ディッシュNW」とも、テレビ局のビジネスモデルを根底からゆるがすようなサービスであるが、米国の裁判所は仮差し止めを認めなかった。日本の読者には意外に思われるかもしれないが、筆者が米国滞在中に読んだ判決に「著作権法は古いビジネスモデルを守るためにあるのではない」という一文があった。この判決文に象徴されるように、米国の裁判所は伝統的に、新技術・新サービスの芽を摘みとることに対して、慎重な対応をしてきた。
規制産業の放送業への参入障壁も低い米国
ケーブルビジョンがリモート・ストレージDVR(以下、”RS-DVR”)サービスを開発したのは、コードカッティング対策であった。コードカッティングはケーブルTVの契約を解除する動きである。4大ネットワーク局が人気番組をネット配信したり、ネットフリックスのように映画やテレビ番組をネット経由で、月10ドル以下で提供するオンラインDVDレンタルサービスが急速に普及した。このため、月額50~70ドルのケーブルTVの契約を解除する動きが数年前から出ていた。
ケーブルビジョンはコードカッティング対策、つまり、顧客つなぎとめ対策として、RS-DVRをはじめた。テレビ局などから訴えられたが、勝訴して何とか乗り切った。ところが、その判決を拠り所にした新たなサービスが開発され、コードカッティングの脅威が再現するという皮肉な結果を招いた。
ケーブルビジョンにとっては、「一難去ってまた一難」という感じだが、これがまさにアメリカで、規制産業の放送業といえども常に異業種からの新規参入による競争の脅威にさらされている。このため、お互いに切磋琢磨して新サービスを開発するので、勝ち組はユーザのニーズにマッチしたサービスを開発した企業と便利な新サービスを享受できるユーザである。
城所岩生