「安倍総裁:建設国債の全額日銀引き受け検討 独立性懸念」というニュースを目にしました。現在の財政状況から考えてさすがに危ないかなと思います。ちょうど今の政府債務が対GDP比で戦後直後とほぼ同じ水準(参照)ですので,戦後のハイパーインフレがどのように生じたのかは参考になると思います。
戦後のハイパーインフレは日銀引き受けが引き金となりました。そして,ハイパーインフレと財産税及び預金封鎖により社会構造が大きく変化しました。重要なのは,現在ハイパーインフレが生じた場合は,格差はリセットされずますます広がるということです。そういう人にとって財政破綻は悲惨であり,社会としても絶対に避けなければいけません。
戦後のハイパーインフレというと,モノ不足やブラック・マーケットが思い浮かびますが,そういった需給のアンバランスで生じるインフレはたかだかしれていて,数百倍にもなるハイパーインフレを説明できません。
戦後のインフレも財政的要因,実際には日銀引き受けによる裏付けのない貨幣の膨張が原因でした。ただし,何がきっかけかはもう少し複雑です。
紙幣は所詮は紙切れです。国民からの信認がなければ成立しません。戦争に負け,国民の政府に対する信認は急速に失われたはずです。
実際に『日本銀行百年史第5巻』によると,戦後直後,日本銀行券は44%も増大しました。人々が銀行預金から現金をあわてて引き下ろしたのです。結果,預金に対して現金が3割にものぼるほどになりました。それに対して,日銀は紙幣を発行して対応し,1945年の終戦後半年で日本銀行券は約270億円増加しました。
ただ,この段階では,現金にはまだ使用できるくらいの信認は残っていたともいえます。一般の人は現金を口座から下ろすだけで精一杯だったのではないでしょうか。気がついた人は,現金をすぐに不動産等に換えたでしょう。この段階でもマネーの増大は,取引きのための現金需要の範囲だったのではないかと考えられます。
そう考えていくと,やはりハイパーインフレのもっとも大きな引き金は財政だったと考えます。当時の津島寿一大蔵大臣は,軍事産業の停止によるデフレをむしろ心配したようです。(浜野他(2009)『日本経済史1600-2000―歴史に読む現代―』)そのため,未払いだった臨時軍事費を一挙に支払いました。その8割弱が日銀の直接引受けによりなされたのです。終戦後の半年で,国債は約160億円も発行されました。(なお政府債務残高は,戦時補償債務というのを加えて1500億円程度でした。)
私はもし日銀引き受けがなければ,ハイパーインフレはもっと低く,短い期間ですんだのではないかと考えています。(後に復金インフレも加わる。)
さて,そのハイパーインフレですが,預金封鎖,新円の切り替えさらに最大90%にも及ぶ財産税により,そこから逃れられる国民はほぼいなかったと考えられます。現金を資産に換えてもだめでした。唯一,非常に(実質的に)少額で農地を購入できたかつての小作農の人が得をしました。金融財産,実物財産どちらについても持っていれば持っているほど損をしました。そのため,総じて戦後のハイパーインフレには強力な累進性が働きました。
ところが現代は異なります。今は,私有財産全否定の政策はとれないでしょう。したがって,ハイパーインフレが生じると,預金者の負担は過剰になりますが,一方で資産保有者はほとんど影響を受けません。また,海外に資産を逃避させることができる人も影響を受けません。働ける人は何年かで回復が可能です。今度ハイパーインフレが生じた場合は,社会構造はリセットされず,今の格差はほぼ同じ構成で,ますます拡大するでしょう。
ところが,社会保障削減や消費税増税の財政再建に反対するのはもっとも影響を受けそうな人たちに見えます。極端な経済政策に賛成しているのも,比較的若いが職に満足していない人のような気がします。自らのクビをしめるような選択をしないよう,切に願うばかりです。
岡山大学経済学部・准教授
釣雅雄(つりまさお)
@tsuri_masao