ごくごくまっとうに日銀の役割について考えよう

小幡 績

論点を列挙しながら、議論を展開してみよう。


第一に、そもそも、金融政策の限界については、非対称性の議論がある。つまり、景気の過熱については金融引き締めは効果的であるが、不況の場合に景気を持ち上げることは難しいとされている。これは凧ひも理論とも呼ばれ、凧の糸は引くことは出来るが、押して凧を上げることは出来ないことと金融政策とを類推させている。

第二に、現状においては、ゼロ金利であり、長期金利もこれ以上下がらないところまで低下している。こうなると、不十分ながらも存在する金利低下による投資刺激効果も期待できない。すなわち、金融政策による大きな需要拡大効果は期待できない。

第三に、現在の経済に必要なことは、雇用と需要である。雇用を生み出すことが最優先で、雇用が増加すれば、その雇用所得から消費が生まれ、消費増大となる。需要増加は必ずしも雇用をもたらさないが、設備投資増加や企業所得の増加にはなるはずだから、景気にはもちろんプラスだ。

第四に、したがって、目的は雇用と需要であり、金融緩和はそのための手段にすぎない。雇用と需要を増やす政策が必要で、その一つが金融緩和である。手段と目的を分けて考えることは重要だ。そして、前述したように、現在では、金融政策による需要増大、一般的には金利低下による投資増加であるが、それが金利が投資家たちが考える下限に近づいている以上、さらなる金利低下は期待できず、投資も期待できない。したがって、金融政策は、直接的に雇用と需要を増やすことは出来ない。役立たない手段を無理に動員することは、副作用があることを考えれば、得策ではない。

第五に、日銀は、このような状況の下、成長基盤融資や貸出支援基金を編み出したが、これはFRBが住宅に絞って緩和政策を拡大させているのと同様に、現在の状況における苦肉の策である。しかし、これだけは、雇用や需要にプラスであるが、幅広くマクロ的に需要と雇用を拡大することはできない。

第六に、現在の状況に対する上述の議論は、ケインズの流動性選好による金融政策の機能低下の議論と同じ状況であり、一般的には財政政策による、雇用、需要増大政策が望まれる。しかし、財政も厳しい状況にあるため、財源なしでも、需要が出てくることを期待して、日銀に圧力をかける構図になっている。

第七に、日銀に期待するとすれば、政府などが需要を直接生み出し、その財源確保のために国債を大量発行したような場合に、長期金利が上昇するのを抑えてもらうことである。これこそ、まっとうな実体経済支援の金融政策である。

第八に、この金融緩和は、日銀による直接引き受けと何が違うのか。どちらも、政府が財政出動して、その資金を日銀が供給する。違いは、供給の仕方が、市場にあふれた国債を市場で買うか、政府から相対で直接買うかの差だけだ。本質的に何が違うのか。
実は、同じである。同じ? 同じならば、直接引き受けでもいいのではないか? 
違う。同じだからこそ、直接引き受けをする意味はなく、してはいけないのだ。
直接引き受けか、市場でオペで買い入れるかの違いは、価格が市場で決まるということである。市場を介するといろいろなことが起こる。日銀が買うとなれば、喜んで売り浴びせる投機家も出てくるだろう。だから、むしろ市場が不安定になり、直接引き受けがいい、という状況もありうるが、それは、市場で取引したからこそ、出来る判断なのだ。そして、市場を介している限り、中央銀行の信頼性の揺らぎ方は最小限で済む。時価が常にあり、日銀しか買い手がいなかったとしても、売り手が存在するわけであるから、価格操作的に銀行から高値で引き取ろうとすれば、投機的な売りを呼び込むことになる。したがって、完全な操作は不可能である。よって、市場は混乱しながらも機能し続け、また、状況が正常化したときには、連続的に市場機能が復活する。一旦、市場を閉鎖してしまうと、再開するのが難しくなり、再開をめぐって大混乱がおき、かえって市場は不安定化する。だから、市場を継続的に機能させることは重要である。
さらに、一番大事なのは、民間国債保有主体が保有している国債を売ることが出来る、ということである。直接引き受けでは、売り手は政府の新発のみになってしまい、市場にあふれた国債の行き場がなくなり暴落する可能性がある。いわば、二重構造の市場が出来上がってしまい、市場における国債は必要以上に暴落することになる。
以上のことから、国債の直接引き受けを議論することは、百害あって一利なしである。

この類推で、国債引き受けでなくとも、政治に屈して、日銀が買いオペを大量に行い、市場から長期国債を買い上げた場合はどうなるか。それはやはり、日銀の国債買い入れに関して制約条件が課されることになり、将来の買い入れ行動が読みやすくなり、また、政治にプレッシャーをかければ、それにより日銀が動かざるを得なくなるから、投資家が、売りを仕掛けやすくなる。したがって、望ましくない。

日銀は、金融市場がコントロール不能になることを最も恐れているから、国債のスパイラル的な暴落シナリオはなんとしても避けたいはずであり、国債が大幅下落するようなシナリオはなんとしても避けるはずであり、大幅下落の初期の局面では、自主的に買い入れを大幅に増額するであろう。それは、欧州中央銀行とまったく同じことだ。したがって、現時点で、日銀に政治的な圧力をかけるのは無意味であるどころか、実体経済にマイナスであり、政治家は自分の首を絞めているだけのことなのである。