プラットフォーマーが見過ごした領域 電子書籍マイクロマーケティング --- 藤村 厚夫

アゴラ

電子書籍のトレンドは、書籍単品のマイクロマーケティングを加速する可能性がある。
本稿は、書籍の口コミ、マイクロマーケティングの仕組みを構想しながら
Amazon らプラットフォーマーの弱点にも論及する。

先日、光栄にもある著作の贈呈(献本)を受けました。
ときどき、このような僥倖に恵まれますが、最近、そのような機会のたびに考えることがあります。
著作の贈呈には、“しかるべき人”を介して話題にのぼったり書評コンテンツが現われるなどマーケティング効果を期待している側面があります。
考えることとは、書籍のような究極の単品もののマーケティング効果をいか高めるか、その仕組みについてです。


出版不況が以前からいわれていますが、出版点数ではピーク時をさすがに多少下回ってはいるものの、依然として大きな減少を見せていません(たとえば → 「書籍・雑誌発行推移」表 )。つまり、出版意欲にかげりはないのです。
この情勢から、出版物の電子書籍化の趨勢と相まって、書籍のマイクロマーケティング的試みが活性化するものと筆者は考えるのです。
そして、ここには、印刷書籍の送本事務にまつわる手間やコスト、口コミを誘引する仕組み、そして発生した口コミを販売面などに効果あるものとしていくための施策など、まださまざまな課題が存在しています。

筆者の考える書籍マイクロマーケティングのフローは、コンテンツ自体を印刷物からデジタルへと移行させることからすべてが始まります。これによって個々の書籍の認知から販売につなげるフローが一気通貫なものへと進展します。
献本ロジスティクスの負荷軽減、ソーシャルグラフの活用、そして、現われた口コミなどを販売施策へとつなげる仕組み……などが連携し始めるのです。
すでに何らかのソーシャルなマーケティングが常識になりつつあるこの分野では、手法を仕組みに定着することで、さらに効率性を高められるはずです。

想定上のマイクロマーケティングのフローを、ごく簡易化して見てみましょう。

  1. レビューワ(贈呈先)を選定し、ダウンロードリンク等を送信する
  2. レビューワは、著作をダウンロードし閲読をする。その過程で著作に関するコメント等をソーシャルメディアへと投稿する(下図のように)
  3. ソーシャルへと投稿されたコメントやブログ、Web メディア等へ掲載された書評等をコンテンツとして(電子書店内や外部サイトに)収集、集積ページを構築し販売への動線を形成する


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この“献本から始まる電子書籍のマイクロマーケティング”の効能は、当然ながら下記のようなものです。

  • 比較的低コストで、広告に代わるマーケティングが実施できる
  • 単なる広告に比べ、レビューワを通じた口コミ促進効果が期待できる
  • 投稿(口コミ)を収集してコンテンツ化することで、検索効果を持ったマーケティングページを形成できる。著作者と読者間のコミュニティの場としての利用も期待できる

ところで、すでに“ソーシャルな読書体験”を謳うサービスや製品がいくつも現われています。
たとえば、bookpicTheCopia などのサービス。また、上図のように電子書籍リーダーの KindleKobo 自体に備わったソーシャル投稿機能などにも、その片鱗が見え隠れします。
しかし、筆者が求めるような“電子書籍によるマイクロマーケティング”のフローを完備した実装は、寡聞ながら知りません。
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COPIA – Home via kwout

このようなフローを整備するのにもっともポテンシャルを有するのは誰でしょうか? Amazon が Kindle を介して行っている取り組みが要注目です。
いままだ英語サイトに止まるようですが、Amazon Kindle ストア配下に各 Kindle 版書籍ごとの口コミページを設けています(たとえば→ 以下のページ参照)。

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Amazon Kindle: Steve Jobs via kwout

しかし、筆者が読み取れた範囲でいえば、実現している機能はもの足りません。各書籍ページに「シェア」ボタンがあり、Twitter と Facebook にコメント付きで投稿できる、以上というところです。
Kindle サイトで実現しようとしているのは、読者が Kindle 内でハイライトしたり、共有投稿したりした情報を集約する読者個人用情報ページ、それら共有情報を書籍ごとに収集した書籍口コミページの生成です。今のところ、電子書籍化のトレンドが大きくが進んでいるはずの米 Amazon であっても目を見張るような成果を欠いています。
プラットフォーマー Amazon(Kindle)の現状がこれです。

ついでにいえば、楽曲の流通配信の分野で同様のポジションを有するのが、Apple の iTunes Store です。
しかし、その iTunes Store でも、実はソーシャルな共有をマーケティングにつなげる仕組みは不十分なままに終わっていることは周知の通りです(「Apple、iTunes の音楽 SNS 機能「Ping」を9月30日で終了」)。

Amazon Store(Kindle Store)や iTunes Sotre(App Store)を、購入を決定している者の視点で見ると良くできたショップなのですが、購入者になるまでの道のりを醸成してくれる場所ではありません。
逆に筆者や零細な書誌の視点で見たとすると、いかに単品単位のコンテンツをマーケティングするか、あるいはそれを担う人々の労力をいかに軽減するかとの視点がいまだ希薄に見えます。
十分な考察を得ぬまま書いてしまいますが、“ラストワンクリック”(「購入」ボタンを押す)周辺に絶大な影響力を有しているこれらプラットフォーマーは、その代償というべきか、きめ細かなマーケティングについては関心が薄い、もしくは施策上の優先度が低いのです。マイクロマーケティング分野へと取り組んでも限界効用的に益が薄いと見ているのでしょうか。

筆者がひとりの書籍著者としてマイクロマーケティングに手を染めようと思えば、これらプラットフォーマーの取り組みの状況にフラストレーションを感じるでしょう。
と同時に、この分野をプラットフォーマーの影響力をかいくぐって事業化しようと構想しているなら、事業機会ありと見なせるのです。
(藤村)

編集部より:この記事は「BLOG ON DIGITAL MEDIA」2012年12月4日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった藤村厚夫氏に感謝いたします。オリジナル原稿を読みたい方はBLOG ON DIGITAL MEDIAをご覧ください。