リフレ政策という危険な賭け

池田 信夫

今夜8時からのニコニコ生放送では、池尾和人氏と山崎元氏の対談をお送りする(私は司会)。池尾氏は正統派、山崎氏はリフレ派に近いが、この番組の目的は対決することではなく、ややこしいマクロ経済の論点をわかりやすく解説し、政治家のみなさんにも理解してもらうことだ。現代ビジネスで、山崎氏に論点整理をしていただいたので、それを補足しておこう。


山崎氏の話には、安倍総裁の強調するインフレ目標や日銀法改正は含まれていない。その手段は、安倍氏の言葉でいえば「日銀が輪転機をぐるぐる回してお札を印刷し、無制限に金融を緩和する」という話だ。日銀は輪転機をもっていないが、まぁそれはいいとしよう。問題は、日銀が無制限に国債を買う非伝統的金融政策で何が起こるかだ。論点は次の2つである。

  1. インフレを政策によって実現することが可能か:これは可能である。彼もいうように、日銀があらゆる金融資産を買いまくれば、いずれインフレは起こる。これは財政政策なので、理論的にも総需要が追加される効果は明らかだが、今までのような数十兆円の「包括緩和」ではインフレ予想を起こすほどの効果はない。したがって問題は、次の論点に帰着する。
  2. インフレの弊害はインフレのメリットに見合うか:山崎氏のいうような「信用緩和」の効果は、FRBのQE(日銀の量的緩和の模倣)をみても大したものではない。本当にインフレが起こるまでやるには、数百兆円規模の資産買い入れが必要だろう。この弊害は次のようなものだ。
    • 日銀が数十兆円のキャピタル・ロスをこうむるおそれがある:これは一般会計で補填されるので、財政危機をさらに悪化させる。

    • 市場から財政ファイナンスとみなされると、国債の相場が崩れるおそれがある:これは悪い金利上昇を引き起こし、国債の暴落をもたらす。

他方、インフレのメリットは、実質金利や実質賃金が下がって企業の調整が楽になることぐらいだ。しかし2000年代の日本では、デフレは予想に織り込まれて実質金利も実質賃金も下がっており、インフレにするメリットは乏しい。激しいインフレになると給与所得者や年金生活者のの実質所得は下がり、原油価格が上がるだろう。

要するに、インフレによって企業の利益は増えるかもしれないが、財政が破綻して日本経済が崩壊するリスクがある。これも一般論としては、否定する経済学者は少ないだろう。だから問題は、国債暴落のリスクをどう評価するかに尽きる。山崎氏は「2%ぐらいのインフレになったところで、金融を引き締めればよい」というが、悪い金利上昇が起こったときは、金利を上げると国債が暴落してさらに資産の海外逃避が進み、インフレが激化する。つまり財政インフレに金融政策はきかないのだ。

もちろん長期金利が史上最低水準になった国債が、今すぐ暴落することはないだろう。山崎氏の期待するように、転がり落ちる岩を2%のインフレでうまく止めることができる確率はゼロではないが、これは賭けである。そのオッズをどう予想するかは、競馬の好きな彼のほうが得意だろうが、かりに90%の確率でマイルドなインフレで止めることができるとしても、10%の確率で日本経済が壊滅するとすれば、それはハイリスク・ノーリターンの危険なギャンブルではないだろうか。