必要なのはインフレではなく成長だ

池田 信夫

橋下徹氏が、珍しく白川日銀総裁の言葉を引用している。

デフレ脱却の方策として需給ギャップを埋めるべきということがよく語られ、公共工事拡大路線は、その文脈なのだろう。しかしこれは一部のトンでも経済論だ。白川日銀総裁も語られるように、需給ギャップとは正確に言えば、需要と供給のミスマッチのこと。


これは11月12日の講演のことだろう。そこで白川総裁は、こう述べている:

注意しなければならないのは、需給ギャップというのは、あくまで現存する供給構造を前提に、それらに対応する需要不足を捉えたものに過ぎない、という点です。[・・・]変化の激しい経済にあっては、需給ギャップは、既存の財・サービス供給に対する需要不足のみを捉え、新たな潜在需要に対する供給不足を捉えていないという意味で、非対称な概念となっています。言い換えると、本来「需給のミスマッチ」と認識すべき部分まで、「需要不足」という形で示されているということです。

前にも書いたように、こういう誤解を避けるためには「需給ギャップ」という通称を避けて「GDPギャップ」と正確に呼んだほうがいい。これは需要と供給の差ではなく、(GDP-潜在GDP)/潜在GDPであらわされる設備稼働率である。たとえば、携帯電話の市場がこうなっているとしよう。

・ガラケー:需要=1兆円<供給=2兆円
・スマートフォン:需要=4兆円>供給=3兆円
・生産量=4兆円

携帯電話全体では需要と供給は等しいが、潜在GDPは前期の実績から外挿して推定されるので、ガラケーの需要不足1兆円だけがGDPギャップになり、スマホの超過需要は統計に出てこない。つまり白川総裁のいうように、産業構造が大きく変化しているときは、GDPギャップは大きめに出てくるバイアスがあるのだ。

ここで政府が公共事業でガラケーを買い上げて1兆円の需要を追加しても、潜在GDP(供給能力)を増やすことはできないから、公共事業が終わったら元の木阿弥だ。金融政策で日銀が通貨を供給しても、ゼロ金利では投資が増えないので、GDPギャップは埋まらない。他方、生産要素を移動すれば、需要と供給のギャップが埋まる。この例でいえば、ガラケーの労働者がスマホに移動して

・ガラケー:需要=供給=1兆円
・スマートフォン:需要=供給=4兆円
・生産量=5兆円

となれば公共事業も金融政策もなしで1兆円の成長が実現でき、GDPギャップも埋まる。これはずっと持続可能で、成長部門に労働力が移動するので成長率も高まる。いま日本に必要なのは、このように衰退部門で余っている労働力を成長部門に移動して生産性を高める構造改革なのだ。

問題は「デフレ脱却」ではなく成長である。インフレになっても、成長しなければ意味がない。日本経済は部門間の生産性格差が大きいので、労働人口を移動して生産性を高めないと、GDPギャップも埋まらないし成長率も上がらないのだ。この例は深尾京司氏のマクロモデルを超簡単に示したものだが、興味ある読者は彼の本で勉強してほしい。