TPP参加交渉での難問は、農業問題ではなく、日本の統治機構を国際舞台で弁護しなければならないサービス収支、所得収支、経常移転収支に関わる産業の自由化問題と「非関税障壁」の定義である。
人口減少と老齢化に悩む農業を日本国内に閉じ込めて置けば、座して死を待つに等しい事は誰でも判る事で、日本農業の生きる道は、自由化による世界進出しかない。
世界の先進諸国では、食品の副食化、趣向化が進み、日本でも米は、カロリーより味の時代を迎えた。
世界の主流は、長粒種のインディカ米やジャスミン米で、安価だからと言って、日本人の趣向が長粒種に移るとは思えない。
良質なジャポニカ米を生産できるのは、今の処米国だけだが、TPP加入で米国からの輸入が倍加しても、強制もされていない年間76.7 万トンのミニマム・アクセス米の輸入を廃止すれば、吸収できる。
さて、TPP は当面の加入国や交渉中・検討中の国々は限られているが、世界の自由化傾向を日本の力で止めることは出来ない。寧ろ、中国が加盟しない事を決めた今、中国の覇権主義に警戒感を高めているインドネシアやフィリピンを日本の仲間に引き入れてでも、TPP加盟交渉に積極的に応じ、中国を封じ込める方が、国防上からも望ましい。
日本の問題は、抽象的概念や価値観を巡る論争にはめっぽう弱く、制度変更によっては、自分の既得権を侵される官僚に交渉を任せる傾向である。
特に非関税障壁の定義などの論議は、政治家と国際交渉の修羅場を経験した弁護士が交渉の前面に立ち、官僚は本来のスタッフ役に徹する必要があろう。
かつて、エレノア・ルーズベルトは共産主義に対する恐怖心を煽った反共主義者が、対ソ強硬策を主張すると「恐怖をもとに交渉して成功したためしはない。自分の信ずる事を説得出来る交渉力が最も大切だ」と言った事があるが、今の日本には参考になる意見である。
受益者から見ると、金融、報道、電子取引などのサービス、投資ルール、司法制度など制度設計ではどれをみても日本の制度が見劣りするが、医療制度は例外である。
日本では評判の良くない医療制度だが、米国議会で熾烈な論議が戦わされた医療保険制度改定論議では、日本の制度は世界で最も優れた制度の一つだと言う意見がが多かった。
但し、制度設計に優れた日本の医療制度も、日本の行政の不能率別だと言うコメント着きであったが、米国が日本の医療制度の何処に惚れたのかも良く調べて、日本の制度をTPP加盟国の標準制度にさせる位に意気込みを持って欲しい。
米国流の制度で排斥しなければならないのは金融、投資ルールで、一方、日本の報道と司法のあり方は、この際外圧を利用してでも破壊すべき制度であろう。
TPP参加条件論議の際に、間違えても繰り返してはならないのは、1971年のスミソニアン会議での失態である、当時、準備をしていなかった日本は、会議の最後の段階で、対ドル円を360円から308円へと最大の切り上げ幅を突如提案され、反論も出来ずに思案している間に可決されて会議は終結した。
その為には、米国のUSTR代表補が約束した、TPPは
- 日本や他国に医療保険制度を民営化するよう強要しない。
- 日本や他国に医療保険制度を民営化するよう強要しない。
- いわゆる「混合」診療を含め、公的医療保険制度外の診療を認める要求はしない。
- 学校で英語の使用を義務付けるよう各国に求めない。
- 非熟練労働者のTPP参加国への受け入れを求めない。
- 他国の専門資格を承認するよう各国に求めない。
と言う原則を守らせる為の周到な準備も必要であろう。
又、国民と国家の利益と官僚を含む既得権者の利害を混同しない、透明な環境での準備も必須の条件である。
金融、報道、電子取引などのサービス、投資ルール、弁護士、医師及びその業界団体の既得権に激震がおこる可能性は充分あるが、この激震は硬直した日本の統治機構が受けるのであって、それを合理化すれば国民も関係者も納得出来る制度の構築が可能な筈である、
池田先生が整理された様に、TPPの争点は: 「自由貿易か保護貿易か」「規制改革か統制経済か」「消費者の利益か業界の既得権か」「グローバル化かナショナリズムか」「開かれた社会か閉じた社会か」と言う理念の争いでもある。
各論の前に、どちらの方向が日本の未来に必要か?と言う立場でTPP参加の是非を決めて欲しいものだ。