文部科学省科学技術政策研究所の客員として、『情報通信が生み出す自立生活支援サービス』を書いた。高齢社会での介護負担を軽減する自立生活支援サービスの研究開発動向を紹介したうえで、実用化を阻む技術的・制度的課題を指摘し、解決策を提言したレポートである。
多くの企業関係者から読後の感想をいただいたが、それらには共通するものがあった。サービスを実用化する社会的意義にはみな賛同してくれたのだが、「話が大きすぎて、わが社としてのビジネスプランを描けない」「多くの企業でパートナーシップを組むリーダシップは、わが社にはない」といった意見が多かった。全体像を描くのが苦手で部分を供給するのに留まるというのが、わが国情報通信産業に共通にみられる欠点だが、自立生活支援サービスに対する反応も同じだった。
しかし彼らにも一理はある。レポートに書いたように、実用化には個人情報保護や医療介護連携に関する制度改革が必要である。制度改革が行われなければ、ビジネスとしての発展性は乏しく黒字化もむずかしい。ビジネスプランを描く前提が制度改革なのだ。
ところで、安倍新政権が大型補正予算を組むという噂に、著名な先生方が強い期待を抱いているという話を政府関係者から聞いた。先生方は新規プロジェクトを提案する準備を始めたそうだ。しかし待ってほしい。世界の潮流から外れた研究開発を推進し、学界におけるわが国の存在感を低下させてきたのは、この先生方なのだ(存在感の低下については、科学技術政策研究所の調査報告を見てほしい。)困ったことに、この先生方が審査する役割も担うので、今まで通りに進めれば、補正予算でもこれまでの延長線上のプロジェクトが採択される可能性が高い。
せっかくの大型補正予算は、今までの延長線上の「世界の亜流」ともいうべきプロジェクトにつぎ込むべきではない。わが国の将来に真に役立つ、新しい研究分野に注いでほしい。
レポートにも書いたが、自立生活支援サービスについては、英国もシンガポールもすでに動き出している。せっかく世界に先駆けて高齢化が進展しているわが国が、ビジネスに出遅れるのがもったいな過ぎる。新政権には大規模な研究支援(たとえば10万人規模の実証プロジェクト)と並行して、実用化への壁となっている制度改革に力を注いでほしい。政府が大規模研究支援と制度改革の両方を見せることで、企業関係者もはじめて全体像を描けるようになるだろう。
山田 肇 -東洋大学経済学部-