奈良林 直
北海道大学大学院工学研究院教授
(GEPR版)
1・緒言
東京電力福島第一原子力発電所の1号機から4号機においては東日本大震災により、1・外部電源および非常用電源が全て失われたこと、2・炉心の燃料の冷却および除熱ができなくなったことが大きな要因となり、燃料が損傷し、その結果として放射性物質が外部に放出され、周辺に甚大な影響を与える事態に至った。
商業用の原子力発電所で起こってはならない重大な事故である。今後、原発を安全に稼動させるために行うべきことは何か。筆者は、機械学会動力エネルギーシステム部門の安全規制の最適化研究会のメンバーとして現地調査した。また経済産業省原子力安全・保安院(当時)の安全性総合評価意見聴取会委員として各発電所を調査し、現在行われている対策も検証している。その報告をまとめたい。なお詳細は別原稿「福島第1原子力発電所の事故の概要と30項目の対策案」の詳細版」に示しており、参考にされたい。
2・事故の概要
福島第一発電所には、1-6号機までの6基の沸騰水型原子炉(BWR)が設置されていた。3月11日の地震発生時は、1・2・3号機は運転中、4・5・6号機は定期検査中であった。4号機の建屋内は原子炉内にあった燃料は全て使用済み燃料プールに移送された状態であった。
地震による揺れを受けて、当時運転中であった1-3号機は、原子炉が正常に自動停止した。同発電所においては、外部からの受電系統6 回線(うち1回線は工事停止中)の全てが、地震による近傍盛土の崩壊に伴う送電鉄塔の倒壊や受電用遮断器、断路器の損傷などにより受電できない「外部電源喪失」状態となった。
外部電源喪失により、直ちに非常用ディーゼル発電機(DG)が起動し所内電源を確保するとともに、原子炉隔離時冷却系(RCIC)や非常用復水器(IC)などの炉心冷却系の起動により、原子炉は正常に冷却されていた。
しかし、その後、津波の襲来により1~5 号機において、非常用D/G、交流電源設備(高圧電源盤(M/C)、パワーセンター(P/C)等)が水没・被水することなどにより使用不能となり、交流電源を駆動電源として作動する注水・冷却設備が使用できない、「全交流電源喪失」となった。また、全ての号機の冷却用海水ポンプも津波により水没・被水し、残留熱除去系及び補機冷却系が機能喪失し、原子炉内の残留熱や機器の使用により発生する熱を海水へ逃がす「最終ヒートシンク」喪失となった。更に、1・2・4号機では、津波の襲来により直流電源機能や中央操作室における計測機器等が全て機能喪失し、プラントの状態監視や電動弁の制御等が出来なくなった。
また、直流電源機能が残った3号機においても、最終的にはバッテリーが枯渇し、1-4号機において交流電源及び直流電源の双方を長時間にわたって喪失する「全電源喪失」の状態となった。
こうした全電源喪失などの要因により、炉心冷却システムが停止したことにより、原子炉水位が低下し、炉心の露出から最終的には炉心溶融に至った。その過程で、燃料の被覆管中のジルコニウムと水が反応し、大量の水素が発生した。この水素が揮発性の放射性物質とともに格納容器を経て原子炉建屋に漏えいし、1・3・4号機の原子炉建屋で水素爆発が発生した。この水素爆発により、放射性物質が付着した瓦礫が飛散し、敷地内の放射能汚染を引き起こし、事故の収束に向けた作業に支障をきたした。
一方、淡水の供給源としては復水貯蔵タンク、廃棄物処理タンクの余剰水等の利用が検討されたが、大部分の淡水は原子炉への注水に使われていた。一方、第一発電所を建設する際に発電所で使用する水源とするために建設された坂下ダムには、284 万トンの水がある。敷地内の沈殿槽まで淡水の供給導管があったが、地震により導管が破損し、自衛隊が修理に当たった。
その他の原子力発電所においては同様に地震及びその後の津波により、外部電源、交流電源、海水冷却機能に大規模な被害が生じたものの、東電福島第二原子力発電所、および東北電の女川原子力発電所においては、外部電源が1回線は使用可能であったこと、また東海第二発電所においては、非常用D/G が使用可能であったことにより、交流電源の喪失には至らなかった。
3・取るべきであった対策
筆者は3月12日に、原子力安全・保安院に、格納容器頂部を冷却するため原子炉建屋の上部に穴をあけ、穴からホースを入れて注水することを提案したが、既に放射線量が上がって作業できなかった。結果論であるが、迅速に対応されれば格納容器の漏洩と水素爆発を防げたかもしれない。今振り返れば、冷却のための対応は3月11日から夜半までが勝負であった。
また冷却を続けると汚染水があふれることは自明だった。筆者は専門家グループ「チームF」を立ち上げ、3月28日に循環注水システムを提案した。しかし採用されたのは6月中旬で、汚染水の収容タンクが満杯となって一部が海に投棄されてしまった。なぜこの方法が早期に採用されなかったのか。関係者によると、官邸が格納容器を満水にする「水棺」にこだわったためという。当時の官邸首脳部は原子炉の専門家の意見をまともに聴かずどなりちらすだけで適切な判断ができなかった。
また事業者のみならず規制者およびすべての原子力関係者は反省しなければならない。事故原因を分析すると、平時における危険予測と、そこから導かれる備えの重要さが必要であった。今振り返れば、過酷事故に真剣に取り組んでいなかったこと、想定外のことに対応できない規制の甘さがあった。
4・行うべき対策30項目
事故の原因を大別すると 1・地震による外部電源喪失、2・津波による非常用DG や電源盤、配電盤、制御盤や通信手段の喪失、3・炉心への注水不能による炉心の空焚きによる溶融や水素発生、4・格納容器の過温破損による閉じ込め機能の喪失、5・過酷事故対応の体制の整備不足や訓練不足による対応判断の遅れなどがあった。
事故原因と対策の基本方針を以下にまとめた。
1・外部電源対策:送電線の揺動(ギャロッピング)防止や開閉所の碍子の破損対策などが挙げられるが、例え外部電源が活きていたとしても、2が発生すると全電源喪失になってしまうので、やはり2の津波対策が一番重要である。
2・津波対策(浸水防止):防潮堤や防潮扉、防潮壁などが考えられるが、防潮堤はその高さを超える津波の指摘があった場合、必ずしも防ぎきれない。重要な電源や機器が設置してある部屋の防水扉(水密ハッチ)が有効であり、それらが万一浸水したとしても高台の電源車や配電盤などがあれば、津波対策としては万全である。
3・炉心の冷却・注水設備対策:多様な炉心注水系や注水手段の確保、ヒートシンクの確保による炉水の循環冷却等の多様な冷却と炉心損傷防止(水素の発生防止)が上げられる。
4・格納容器破損・水素爆発対策:格納容器スプレイ等による格納容器の冷却(過圧・過温破損対策とFP のスプレイ水による除去やフィルター付きベントによる格納容器の過圧・過温破損の防止と、周辺への放射性物質の飛散防止が重要である。
5・管理、計装設備対策:事態掌握のための計測が困難となり、対応判断の遅れがあったので、過酷事故対応の体制整備、危険予知訓練による平時の対策が必要である。事故時の緊急連絡や指揮命令のための通信手段の確保と事故時のモニタリング機能の強化、発電所までの重要資機材の空輸体制(自衛隊による防災活動)の整備などが挙げられる。
図表1 事故原因と対策方針
これらの方針をもとに、原子力安全保安院の福島第一原子力発電所の事故に技術的知見に関する意見聴取会で提案を行なった。それが反映されて、保安院は30項目の対策を策定された。これは各電力会社にガイドラインとして示された。
図表2 事故の原因と対策の狙い
今年10月に原子力規制委員会が発足した。田中俊一委員長は30項目の対策を「1から見直す」と述べた。しかし、見直している間に対策が進まないようなことがあってはならない。規制の空白は避けなければならない。30項目の対策では、常に前段の失敗に備える「深層防護」の考え方を取り入れている。新組織では、まず遅滞なくこれらの対策を進め、さらに「国民の健康と環境を守る」究極の安全目標に向かって、たゆまぬ規制の改善を推進してほしい。
各電力会社は、二度と事故を起こさないように、各原発で、これらの対策を推進している。津波対策工事と電源車などの配備を実施し、事故の際にベントする気体から放射能を濾し取るフィルターの設置も進めている。しかし、原子力規制委員会のストレステストの2次評価が店晒しで、これでは最初から規制の遅延状態が発生している。規制の怠慢ではないか。
脱原発が政策として当たり前に語られるような我が国であるが、世界の趨勢として原子力発電所の活用はこれからもどんどん続いていく。このようなグローバルな情勢では、原子力を今後もしっかり使い続けていくことが必要であり、福島の教訓をもとに安全性を高めた原子力プラントを国内外に建設していくことが我が国の責務である。このためには、原子力規制委員会や規制庁も科学技術的な判断を優先する欧米の進んだ手法を取り入れてほしい。