●波紋を広げる初セリニュース
あけましておめでとうございます。
新春早々、日経平均株価が震災前の基準に回復するなど世間は景気上昇ムード。東京・築地市場の初セリでは、マグロが過去最高値の1億5,540万円で競り落とされた。昨年付いたばかりの最高値の3倍近くというバブルっぷり。日経新聞が夕刊一面で報じてしまった程の話題となったが、ネット上の反応を見ていると物議を醸しつつあるようだ。
私の知り合いもソーシャルメディアで見せた反応は様々で面白かった。件のマグロを食べに行かれた方もいたし、「複雑…」と言葉を濁す方も。その一方で、外国で企業を経営する友人は、日本のマーケットがもっと開かれるべきという持論から「競争があるのはいいこと」と好意的にとらえていた。実際、この日のセリは今年も、「すしざんまい」を展開する株式会社・喜代村(東京・中央区)と、香港資本の株式会社・板前寿司ジャパン(同)の一騎打ち。その意味ではたしかに、内資と外資が競争を繰り広げることで市場が活性化した一例と言えなくもない。マグロ漁師の取り分が7割程度だとすると、青森・大間の漁師さんは正月早々、億単位で「お年玉」が手に入ったことになる。
●落札額は宣伝広告費?
さて1億5,000万円も投じた「喜代村」は、これで元を取れるのだろうか。同社サイトによれば資本金は9,800万円だから、この1回のセリだけでその約1.5倍を投じたわけだ。NHKによると、店舗では大トロを通常と同じ420円で振舞ったそうだが、本来なら5万円相当の価格になるという。同社の木村清社長は日経新聞の取材に「話題づくりを期待しているわけではなく、お客さんに一番いい物を食べてもらいたいと思った結果」と語っているが、後半は本音だったとしても、いやいや、木村さん、十分話題づくりでしょ(苦笑)
本店で行われたマグロの「解体ショー」には大勢のお客さんと報道陣が詰めかけた。去年も民放の夕方の情報番組で密着取材した模様が放送されたし、今年も恐らくその手の取材が入っていて来週にもオンエアされるだろうから、会社としては、今回の1億5千万円は「宣伝広告費」として元が取れるという独特な経営判断があったのだろう。
ただし、昨今のテレビコマーシャルの相場に照らして広告換算しているなら割高な気も。。。CMそのものを1本1,000万円程度で安く制作したとする。さらに広告会社のこういう料金表とか過去に聞いた話なんかを基にお節介な計算をすると、東京キー局で15秒スポット、ゴールデンタイムでオンエアしたとしても総額1億5千万円の広告費があれば結構な回数を流すことができる。たった1日、世間をにぎわした話題づくりとの比較をどう見るか。
では、対マスメディア広報という視点では、この落札額はどうだろう。どの企業広報担当者も、テレビコマーシャルのような多大なコストをかけなくても、テレビや新聞に広く報じてもらい(取材は無料だ)、おまけに第三者視点で紹介されることで信頼性向上やブランディングにつながるという「レバレッジ」効果を一つの理想形にするものだ。「喜代村」は今年も情報番組で5~10分程度、特集企画で取材されれば、企業広報としてある程度、その目標を達成したと判断できるのかもしれないが、5,649万円だった昨年の落札額ならともかく、その3倍に膨らんだ今年はそれに見合うコストパフォーマンスにつなげられるのだろうか。
●もはや初セリは「鉄火場」!?
さて、元新聞記者としてメディア側の視点からも触れておこう。「鉄火場」の様相とは言いすぎにしても、築地の初セリが過熱し続ければ、今度は3億円くらいで落札しないとメディア、特に民放は面白くなくなるだろう。無論、それを落札するのはテレビ局でも消費者でもなく、喜代村や香港資本などの業者自身である。ところで毎日新聞と産経新聞の記事はこの日の落札模様について落札額にとらわれ懸念材料を見落としていたが、読売や朝日、NHKは過当競争による弊害の部分についてもきちんとフォローしていた。
初セリを取材したのは、世の中をネガティブに斬る習性の社会部記者たちだろうが、それを抜きにしてもメディアの一部はこの過熱ぶりを冷めた目で見始めた兆しがうかがえる。「景気は気からだ!」とリフレ派ばりのテンション(笑)で、来年以降の初セリで巨額の宣伝広告費を打ち上げ花火的に投じるのも一つの考え方なのかもしれないが、私が広報コンサルをするなら鉄火場で思わぬ火傷をする前の再検証を勧めますけどね。これまで培った知名度をベースにして、もっと地道な取り組みでコスパのいい企画を考える方向に持って行くでしょう。過去には、カンブリア宮殿(テレビ東京系)でこんな取り上げ方もされてるらしいし、仕掛け方は他にもあるんじゃないかな。
ま、新春早々、余計なお節介でした。さてっ、今度築地に行って事の顛末を寿司屋のおやっさんたちに聞いてみようかな。寿司の話をしていたら腹が減ってきた。ではでは、今年も宜しくお願いします。
新田 哲史(にった てつじ)
メディアストラテジスト