市場はしばしば世の中を撹乱させるトレンドを送ってくる

大西 宏

市場の変化はしばしば人が予測を裏切るようなシグナルを発信してくることがあります。その結果、経営の判断を誤らせ、本質的な課題への取り組みが遅れ、気がついた時にはもはや回復できないほどのダメージを受けることがあります。日本の液晶テレビはその悲劇の典型だったと思います。ただでさえ、サムスンなどとの競争に負け始めていたときに、地デジ化政策やエコポイント制度などが一瞬は国内の液晶テレビ需要を押上げましたが、結局は需要を先食いする結果にしかならなかったのです。


さて世の中を撹乱させる動きをしているといえば、円安株高傾向でしょう。もともと円安に動き始めていたさなかに、安倍総理のその後はややデスカレートしたものの、「無制限な金融緩和」発言が投資市場を動かしました。投資は為替から日本株に急激に動き、今の状況をもたらしました。このトレンドが続く限り、自民党政権は安泰だといえます。

もちろん輸出産業にとってはやっと訪れてきた好機です。それで競争力が増すとは限らなくとも、採算性が飛躍的に好転します。今年の決算で利益を積み増す企業が大幅に増加してくるでしょう。それを見越してさらに株高傾向に火をつけています。問題はここからなのです。

日本は競争力を長期にわたって低下させてきました。その大きな理由は、世界に巻き起こったデジタル革命やグローバル化といった産業革命に乗り遅れてしまったからです。
しかし景気が長らく低迷したなかでも、日本の大企業は利益に関しては増やしてきました。競争力を失いながら、なぜ利益を積み増せたのかですが、中味は投資を抑制し、またリストラを行う守りで利益を確保し、結果として内部留保を高めてきたのです。成熟した古い体質のまま最大の利益を追求したことは、将来の利益を今の利益に置き換えたにすぎません。アベノミクスが、そんな守りの経営から攻めの経営に日本の産業を転換せることができるのかどうかです。つまりマインド・デフレの克服です。
しかし日航再建が示すように、それは経営が交代する、あるいは企業の新陳代謝が起こらないと実現はできません。

財政政策によって非効率なインフラ整備を行なっても、将来の人口減を考えると、将来は利用されなくなるインフラに投資することになります。財政の赤字を積み上げ、またそのインフラ維持のための負担を将来世代に残すだけです。人口減少のなかでは、将来はさらに地方都市の過疎化が進んできます。過疎化を止めるよりも、生き延びる都市の競争力や経済力をつけることが将来に対する保険となりますが、残念がら地方票で支えられる政治では、将来過疎化が避けられないところに財政は流れていきがちになります。

もっとも気になるのは成長戦略です。しかしこれまで経済産業省が掲げた成長戦略で成功したものはありません。なぜなら、どこでイノベーションが起こり、なにが、どのように成長してくるのかは誰にも予測がつかないからです。
ビジネスのなかの格言で、”Back The Winner,Kill The Looser”というのがあります。市場で競争に打ち勝ち、勢いを得た事業やブランドこそが、成長分野であり、そこに重点的に投資する、敗北した事業やブランドはさっさと引き上げてしまえというものです。近いものでは、「撃て、狙え」があります。撃ってあたればそこが狙いどころだというものです。それほど将来を予測することが難しいという考え方です。つまり敗者を救済することは意味が無いという教えでもあります。家電の設備を買い取るような救済策が考えられているようですが、それは企業をゾンビ化するだけです。しかし日本の政治は失敗した産業ほど救済しようとします。本来進めるべきは、競争力のある企業がそういった企業を吸収していきやすい環境をつくることです。アベノミクスが敗者救済に傾けば、日本の夜明けは遅れるばかりになってしまいます。

それでいえば、政府ができることは、将来需要が伸びてくることが確実な市場、すでに伸びてきている産業について、その産業がさらに伸びていくことの障害となっている問題を解決し、バックアップしていくことになります。
例えば医療の分野は世界的に高齢化が進めば、確実に需要は伸びていきますが、その産業を育てるためには、認可の体制を充実させ、研究開発をバックアップすることは可能です。あるいはサービス業の高度化は、それを生み出す都市の競争力を高めることで実現してきますが、政府ができることは、都市経済の活性化をはかるための規制緩和ぐらいでしょうか。

その点でも、日本では本来経済の牽引車になる都市を育成することに失敗してきました。均衡ある国土の発展の名のもとに、地方にも港湾をつくり、空港をつくりづつけてきたように、投資先を間違い、今や競争力のある大都市は東京だけになってしまっています。

さて、日本の経済に甚大な打撃をあたえる長期金利の上昇や国債価格の暴騰なども引き起こしかねないアベノミクスですが、経済を復活させる原動力は、国民側、とくに企業側にあり、公共投資に頼る自立できない産業救済策だけは、警戒すべきです。
円安・株高の市場傾向が、アベノミクスの追い風となっていますが、市場はしばしば世の中を撹乱するトレンドを送ってくるものであり、それに流されず、ほんとうに必要なことはなになのかを構造的に考えることが求められてきているように感じます。