大学の研究は産業振興に貢献するのか

林 良知

平成24年度補正予算(緊急経済対策)については、「文部科学省補正予算のでたらめ」で書いたが、今回は補正予算として妥当と思われる科学技術関係予算について考えてみたい。


最初に日本の科学技術振興政策、特に大学研究成果の産業界での活用について、これまでの歴史を振返ってみたい。

科学技術振興政策の歴史

科学技術振興が国の政策として明確に位置づけられたのは、科学技術創造立国を目指すと宣言し制定された科学技術基本法が制定された1995年である。

1989年12月29日に日経平均株価が最高値を出して以降日本の経済は低迷期に入り、日本全体に漂う閉塞感を打破するための一つの手段として科学技術が注目された。
逆に、科学技術庁、研究者が科学技術関係予算の確保のために、その状況を利用したともいえる。

各種施策は科学技術基本法を根拠に、具体的には科学技術基本計画(第1期1996年~2000年、第2期2001年~2005年、第3期2006年~2010年、第4期2011年~2015年)に基づき行われてきたが、第1期の施策として実施された1998年8月の大学等技術移転促進法(TLO法) 、同10月の産業活力再生特別措置法の制定により、大学の研究成果が積極的に産業界で活用される環境が整ったといえる。

これを追い風に、2001年5月には、産業構造改革・雇用対策本部会合で平沼経済産業大臣が、新市場・雇用創出に向けた重点プラン(平沼プラン)で「大学発ベンチャー1000社計画」を示し、2004年にはこれが達成された。
また、国立大学の特許出願数については、2000年に609件だったのが、2004年には4152件になり、6,8倍の出願数へ激増している。

国は大学の研究成果で経済を活性化し、大学は国からの運営費交付金に頼らず、特許料収入、大学発ベンチャーのIPOによる収入で、自立的な大学運営を行うという夢の実現も可能かに見えた。
しかし、そんなに世の中うまくはいかない。

大学の研究成果活用の現状

大学発ベンチャー
「平成23年度 大学等における産学連携等実施状況について」(文部科学省,2012) によると、大学発ベンチャーは2006年度に252件設立されて以降、毎年度設立数は減少している。

<大学等発ベンチャーの設立数の推移>

「平成23年度 大学等における産学連携等実施状況について」(文部科学省,2012年)

大学等発ベンチャー調査2010(文部科学省,2011)によると実質的に活動している大学発ベンチャーのうち半分以上が赤字経営ということがわかる。

大学発ベンチャーによる基礎調査実施報告書((株)日本経済研究所,2009年)によると、これまで新規株式公開を行った大学発ベンチャー企業は24社あり、その売上高は14億6千万円、従業員数は約56名となっており、産業振興の面でも、雇用の面でも日本経済の活性化に貢献しているとは言いがたい状況にある。

特許出願件数、特許権実施件数

特許出願件数については、平成19年度をピークに減少傾向にある。

<特許出願件数の推移>

「平成23年度 大学等における産学連携等実施状況について」(文部科学省,2012年)

特許権実施件数及び収入額の推移については、実施等件数は毎年度増加しており、収入額も増加傾向にあるが56億円程度である。
これは、平成23年度の国立大学法人運営費交付金1兆1,527.5億円、東京大学853.2億円と比較すると僅かであり、特許料収入、大学発ベンチャーのIPOによる収入で、自立的な大学運営を行うという夢には遠い数字である。


<特許権実施件数及び収入額の推移>

「平成23年度 大学等における産学連携等実施状況について」(文部科学省,2012年)

アメリカとの比較

米国ではスタンフォード大学が遺伝子組み換え特許のライセンスで200億円以上の収入をあげた例もあるように、大学の研究成果が積極的に産業界で活用されており、2007年の大学の特許料収入は2500億円に達するなど大きな収入源になっている。

<日米の大学の特許権実施料等収入の比較>

「科学技術・学術審議会技術・研究基盤部会産学官連携推進委員会産学官連携基本戦略小委員会(第4回)資料」(文部科学省,2010)

文部科学省はアメリカを目標にしたいのだろうが、このデータを見る限りでは目標の実現は遠い。

このような現状を打破するために、満を期して登場したのが平成24年度補正予算((緊急経済対策)の科学技術関係予算である。

平成24年度補正予算((緊急経済対策)の科学技術関係予算

平成24年度補正予算(緊急経済対策)
成長による富の創出
○産学共同の研究開発促進のための大学及び研究開発法人に対する出資(1,800億)
・産学連携による実用化研究開発の推進(大学に対する出資事業)
 中核となる大学に出資を行い、産学連携等による実用化のための共同研究開発等を推進
・産学官による実用化促進のための研究開発支援(JSTに対する出資事業)
 優れた研究成果の事業化を加速するため、国から(独)科学技術振興機構に出資した資金等により、大学等の技術を用いて企業等が主導する事業化開発を支援

平成23年9月16日に文部科学省によりまとめられた、「科学技術イノベーションに資する産学官連携体制の構築」の中の以下の提案に基づいた施策である。

・大学の研究成果を社会還元するためには、政府の研究資金投入(金)が必要
・政府資金を有効活用できる事業ノウハウを持った人材(事業プロモーター)が必要

自らが開発した技術に絶対の自信を持ち、良い技術であればマーケット調査、販売ルートなど確保しなくても、HPに商品を掲載して少し説明文を入れれば売れると思っている研究者は多い。
経営の専門家ではない研究者をサポートする人材は必要である。

資資金については民間資金を投入するにはまだリスクが高いところに政府資金を投入するということだが、民間企業がリスクは高いと判断した理由があるはずなので、その点を精査したうえで、いつ、どのような成果を出し、それは投資を上回る成果を上げたのかを丁寧に検証する仕組みが必要である。

最終的には、政府資金に頼らないイノベーション・エコシステムの確立を目指しているということだが、知財本部整備事業を始め多くの国の補助金がそうであるように、自立、自立 と言いながら、補助金投入が続けられている現状を考えるとその実現は難しいと考えざるをえない。

資源に乏しい日本が今後も世界の中で存在感を発揮していくためには、科学技術によりイノベーションを継続的に起こす必要があるという意見に反対はしないし、大学の研究成果を社会還元することついては積極的に進めるべきだし、これからの時代は大学の研究者が研究を社会還元するという意識を持って研究に取り組むことは必須であると考えている。

しかし、大学の研究成果により短期的な産業振興、経済発展を成し遂げるという考え方については懐疑的にならざるをえない。事実、データを見ればわかるように、これまでの約10年の間に大した効果は無かったのである。
成果があったとしても、その成果創出のためにどれだけ多額の補助金(税金)が投入されたかを考えるとペイしているとはとても思えない。

IPS細胞研究でノーベル賞を受賞した、山中教授も、インタビューの中で、

「実際にはまだ一人の患者も救っていない」

と、研究は緒についたばかりで実用化にはまだ遠いと話している。

ある大学関係者はインタビューの中で、

「大学が特許で巨額の富を得るなんて宝くじに当たるようなもの」

と言っている。

大学の研究ですぐに経済活性化できるなど過度な期待をせずに、長期的視点で研究を見守っていく方が良いのではないだろうか。

産学連携を通して大学の研究力、教育が向上し、長期的に見れば日本の経済活性に繋がるのだから。

やはり、それは社会が許さないだろうか。