ラテン化する世界:グローバリゼーションとともに

松岡 祐紀

「グローバリゼーション(英: Globalization, Globalisation)は、社会的あるいは経済的な関連が、旧来の国家や地域などの境界を越えて、地球規模に拡大して様々な変化を引き起こす現象である」
ウィキペディアより

結局のところ、基本的に我々はグローバリゼーションを是として考えている。海外との競争により、モノ自体の価格はどんどん下がり、たしかに欲しいものは安く購入出来るようになった。

そして、日本の市場は「質がいいもの」しか売れない市場なので、結果、「安くて、さらに質がいいもの」が手に入るようになり、グローバリゼーションを積極的に批判する人たちはそれほどいない。この動きを当然とする人たちが多い。


だが、世界を見渡してみると、「安くて質がいいもの」を手に入れられる国は非常に少ない。先進諸国でも規制が少ない、自由市場がある程度確立されている国だけだ。その他多くの発展途上国では、我々にとって「安くて、質がいいもの」は高くて手が出ないという事実は相変わらず変わりない。

アメリカでは、1%の富裕層が富を独占し、99%が貧困にあえいでいると言われているが、これは世界をひとつの国と見立てても同じことが言える。

あらゆる規制を取っ払い、国同士を自由に競争させると、弱肉強食が進み、結局のところ、世界の1%である20カ国程度が世界の富すべてを牛耳ることは自明の理だ。

自由の代償:アルゼンチンという国の売買について」というエントリーにも書いたが、人はとにかく自由を求める。その結果、どうなるかなど深くは考えない。自由は正義で、規制・統制は悪なのだ。

日本にいると、グローバリゼーションのなかでなんとかしてでも戦い、そのなかで確かな地位を築くことしか今後の日本の未来はないと思えるが、ここアルゼンチンのような呑気な国にいると、そうは思えなくなってくる。

この国の市場を守るために政府は輸入関税をべらぼうに高く設定し、パソコンなどは日本の倍はする。それでも道行く人たちを見ていると、日本よりも楽しそうな人が多い。(こちらの図を見ると、日本よりも圧倒的に経済的に劣っている南米諸国のほうが幸福度が高く、アジアでは唯一、スペインの影響を受けたフィリピンがかなりの幸福度の高さを誇っているの分かる)

アルゼンチン、ひいては南米全体に言えることだが、仕事に対する意識は総じて低い。それよりも「人生を楽しむこと」のほうが彼らにとってはより重要なのだ。仕事のために人生を犠牲にするという考え方は彼らにはない。そんな彼らがグローバリゼーションのなかでは戦えないのは明白だ。だからこそ、政府は輸入規制を多く設けて、その国の市場を守ろうとしている。

グローバリゼーションというものはもう世界の流れでこれが主流なのは間違いないだろう。だが、一方で個人的には「ラテン化する世界」を見てみたい気がする。だいたいの物事に対していいかげんで、時間厳守とはほど遠く、隙さえあれば仕事をサボろうとする。(実際、「職人のいない国:アルゼンチン」というエントリーにも書きましたが、こんなことが日常茶飯事です)

それでも人生楽しければいいというのがラテン文化の真骨頂だ。

世界でも辺境といえるこのアルゼンチンで、今後も世界のグローバリゼーションという大きな動きと、目の前で繰り広げられる「ラテンな世界」の狭間で、幸福な世界の在り方を考えていきたい。


中国化する日本 日中「文明の衝突」一千年史
(現在の世界の動きを「中国化」というキーワードを元に紐解いた良書です)