アンチフラジャイル

池田 信夫

Antifragile: Things That Gain from Disorderタレブの新しい本のタイトルは、Antifragile。これは彼の造語で、「反脆弱」と訳すとよくあるセキュリティの話みたいだが、本書の内容はその逆に「ボラティリティを愛すること」のすすめである。

もともとイノベーションについて書く予定だったらしいが、結果的には巨大システムの脆弱性についての本になった。前著『ブラック・スワン』よりかなり難解だが、ポイントは彼の福島事故についてのコメントに要約されている。

日本人は小さな失敗をきびしく罰するので、人々は小さくてよく起こる失敗を減らし、大きくてまれな失敗を無視する。アメリカは小さな失敗にも大きな失敗にも寛容だ。私は大きな失敗はよくないと思うが、小さな失敗はむしろ好ましいと思う。イノベーションは、小さな失敗の積み重ねだ。[・・・]ボラティリティを恐れることが世界を脆弱にしている。自然はボラティリティをもっているので、それを抑圧すると爆発するのだ。

経済学者は「景気対策」でGDPの変動をならすことが政府の仕事だと思っているが、それは逆である。グリーンスパンが実現したと思われたGreat Moderationによって、人々は景気循環がなくなったと思い込んだが、それは間違いだった。現代社会は多くの変化に満ちており、マクロ指標だけを見てそれを「安定化」することは、変化を抑圧して破局的な結果をもたらすのだ。

特に日本人は、小さな変化を抑圧するためにあらゆるコストを払って問題を先送りする結果、変化のマグマがたまって破局をもたらす。高度成長時代のシステムを延命するために企業は雇用を維持し、政府は財政・金融政策で雇用を守った結果、労働生産性は下がり、政府債務は蓄積して前代未聞の規模になった。

タレブは、このような脆弱性は近代の生み出したものだという。近代科学は自然をコントロールする方法を発見したが、社会はそういうメカニカルな方法では管理できない。社会現象は物理系のように一定の均衡に収斂するエルゴード性を満たしていないので、平均や分散は意味をもたないからだ。

社会はブラック・スワン的なベキ法則に支配されているので、答を解析的に求めることはできず、多くの試行錯誤によって発見するしかない。それをマクロ指標で管理したつもりになると、福島やグリーンスパンのような落とし穴が待っている。むしろマクロ政策なんかやめ、人々を日ごろから変化に直面させるべきだ。小さな失敗を重ねることが、大きなイノベーションの条件である。

このアンチフラジャイル理論で考えると、安倍政権の経済政策は最悪だ。1%以下のわずかな「デフレ」のボラティリティをなくすために、日銀が100兆円以上の国債を買い入れて財政の脆弱性を高め、バラマキ公共事業で産業構造の転換を先送りしている。タレブによれば、その結末はブラック・スワンではなく、確実に予言できる――彼が2008年の金融危機を予言したように。