安全資産の不足

池尾 和人

安全資産の不足(the shortage of safe assets)」というのが、先の金融危機以降、米国の経済学界で関心を集めているテーマの1つである(例えば、この記事を参照)。このテーマに共通する問題意識からすると、金融緩和(貨幣供給)の不足ではなく、安全資産の供給不足が事態のより本質だと考えられる。


他方、貨幣だけを特権化させて取り上げる議論も少なくない。例えば、「財」・「資産」・「貨幣」の3区分で考えると、日本の現状では財と資産に関しては超過供給(需要不足)なのでワルラス法則からいって、貨幣に関しては超過需要(供給不足)のはずだという議論がある(その例は、この記事。関連して、この拙記事も参照のこと)。しかし、財に関してはその通りだとしても、資産一般に関して本当に超過供給(需要不足)なのだろうか。

現在でも長期国債の利回りはきわめて低水準に推移しており、この事実を基に、少なくとも山崎元さんは国債の供給量はむしろ過小なのではないかという問題提起をされている(何度か、国債の最適供給量をどう考えるかと質問されたことがある)。確かに(足下ブームになりかけているのを別にすると)株式や土地といったリスク資産に対する需要は不足気味であるとしても、安全資産に関しては超過需要(供給不足)だとみるべきかもしれない。すると、集計区分としては、「財」・「資産」・「貨幣」ではなく、「財」・「リスク資産」・「(貨幣を含む)安全資産」の3区分で考える方が適切である可能性がある。

もちろん、複雑になることをいとわなければ、「財」・「リスク資産」・「貨幣」・「貨幣以外の安全資産」の4区分でもいいのだが、簡単化のために、ここでは「財」・「リスク資産」・「(貨幣を含む)安全資産」の3区分で考えることにしよう。そして、現状は(意図されたレベルでは)、



表1

リスク資産
安全資産

だとしよう。ただし、+は供給超過(需要不足)、-は供給不足(需要超過)だとしよう。

このとき、国債を買って貨幣を供給するという量的緩和は、「安全資産」という同じカテゴリー内での交換にすぎないので、何ら安全資産の供給不足の解消につながるものではないことが分かる。国債の買いオペをいくらやっても、民間が保有する貨幣という安全資産は増えても、国債という安全資産は減少することになるので、安全資産の総量が変化するわけではない。安全資産の不足が事の本質だとすると、量的緩和は効かないということである。

中央銀行が安全資産の供給を増やそうとするなら、「財」か「リスク資産」を買わないといけないことになる。ただし、中央銀行が財を直接に買うことは法制上許されないので、財政当局が財を買い、そのファイナンスを中央銀行が行うというかたちになる。これが、財政ファイナンス(財政赤字のマネタイゼーション)と呼ばれるケースである。ヘリコプターマネー政策ともいう。リスク資産を買うのは、信用緩和(credit easing)と呼ばれる。

ただし、財政ファイナンスや信用緩和を推し進めることで、たとえ安全資産の供給不足が解消されたとしても、財の超過供給も解消されるとは限らない。すなわち、



表2

リスク資産
安全資産0(あるいは+)

となる可能性も十分に考えられる。

これは、資産バブルが起こるという場合である。このように考えると、安全資産の不足をめぐる(主として米国での)議論は、アベノミックスにおける「大胆な金融緩和」の効果を考える上でも参考になるように思われる。

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池尾 和人@kazikeo