核の脅威にどう向かい合うか?

松本 徹三

北朝鮮が、2月12日、昨年12月の長距離ミサイルの実験に続き、今年1月の国連安保理の5度目の非難決議と警告を無視して、ついに核実験を強行、米国本土に対しても核ミサイル攻撃を行う能力がある事を誇示した。彼等はこれを「核抑止力」の証明と称し、これにより、米国が彼等への敵視政策をやめて、交渉のテーブルにつくであろう事を期待しているかの如く報じられている。


しかし、いくら北朝鮮が「一人合点」の国であっても、まさかそんな事を本気で期待しているとはとても思えない。アメリカという国は、脅迫されて交渉のテーブルにつくような国ではないから、逆効果になる事はあっても、プラスになる事はないと考えるのが常識だからだ。それでは、彼等は、どのような「落としどころ」に期待して、この危険な賭けに打って出たのだろうか?

私は、彼等に別に戦略的な考えがあったわけではなく、「実験を行わないという選択肢はない」と単純に考えたからだと思っている。ミサイル開発も核開発も、「先軍政治」を掲げた故金正日前総書記が始めた事であり、莫大な金をかけた開発を、成果も見せずに途中でやめるわけには行かないのは当然だからだ。

そもそも、そんな事をしたら、この路線を進めてきた軍の首脳が黙っているわけはなく、「父の遺訓を引き継がなかった」金正恩体制を支持しなくなるだろう。ただでさえ不安定な軍のパワーバランスが崩れれば、金正恩体制はあっけなく崩壊するしかない。「軍の後ろ盾を得る事が何事にも優先する」という事は、北朝鮮のような「極めて特異な国」だけでなく、中国をはじめとする多くの他の国についても言える事だ。

では、これからどうなるのか? そこを読み取り、戦略を考える事こそが、日本にとっては重要だ。とにかく、すぐ隣にある「極めて特異な軍事国家」が「核ミサイル」という凶器を手にしているのだから、「どうせ何も出来ず、そのうちに体制が崩壊するさ」と高を括っているわけにもいかない。

先ずこれから起こる事は、今回の事で日米などの経済制裁が更に進み、これにより国内の不安定性は更に増すという事だ。韓国の朴政権は折角「話し合いの選択肢」を検討していたのに、今回の事でこの可能性は遠退いた。実質的に北朝鮮の生殺与奪を握っている中国も、習近平体制になったので、これまでとは異なった厳しさで対応しそうだ。中国の方針は、米国の方針などよりも遥かに影響が大きく、習近平体制の出方次第では、金正恩体制は相当揺るがざるを得ないだろう。

中国が本気になって金正恩体制を崩壊させようとすれば、簡単に出来る。全ての貿易をストップした上で、一時的にあらゆる場所で国境を開放し、難民の流入を自由にすればよいだけの事だ。(中国の前政権は難民の流入を何よりも恐れていた様だが、習政権はむしろ東北地方への安い労働力の流入をある程度歓迎するかもしれない。)その上で、北朝鮮の軍の指導者に対して、「中国の意向に従った政策をとれば支援する」というメッセージを流せば良い。たちまち軍の内部は分裂し、クーデター派が優位に立つだろう。

勿論、余程の事がない限りは、中国はそんな事はしない。軍の内部分裂によって北朝鮮が大混乱に陥れば、中国に忠誠を誓う新政権が出来る前に、韓国が北を飲み込んでしまう可能性の方が高いからだ。韓半島の歴史を見ても、中国の軍事力が強く、且つ周辺民族に対して鷹揚な態度を取っている時には、宗主国としてやむなく敬うが、土足で入ってくれば、やはり民族として一致して抵抗している。

「核不拡散」の原則は、中国としても何としても守りたい事だろうから、それを公然と破った今回のような「やり過ぎ」は見過ごせないだろう。しかし、それさえなければ、中国は、大体の事は見逃して、現政権の安定を望むだろう。北朝鮮が「何をするか分からない危険な国」として存続していてくれていた方が、米・日・韓の三国に対する「ワイルドカード」として、北朝鮮という国を色々に利用できるからだ。

さて、今回の事で最も憂慮を深めなければならないのは、実は日本ではないかと私は考えている。それは、いかなる経緯を辿るにせよ、もし金正恩体制が根底から揺らいで、「もはや対外的な戦争によってしか、軍と国民の団結は計れない」と彼等が考えるに至るまでの事態となれば、その矛先を日本に向ける可能性は結構高いと考えるからだ。その場合は、北朝鮮は何の躊躇もなく、核ミサイルを直接東京に打ち込むだろう。(勿論、それと並行して、日本各地の原発を狙ったミサイル攻撃も行うだろうが。)

「まさか、そこまでは」と考える人は甘すぎると思う。独裁的な指導者にとっては、身近にいる軍人に背かれて、殺されたり、監禁されて屈辱を受けたりする事に比べれば、戦争で何百万人、何千万人が死のうと、その方がまだマシだからだ。

口実などは何ともつけられる。日本が行う経済制裁や海上封鎖に関連して、何らかの事件をでっち上げ、「日本は過去の植民地支配を反省するどころか、今なお朝鮮人民を敵視して、このような悪行を働こうとした。もはや我が国はこれを黙視するわけにはいかず、無慈悲な報復の鉄槌を下した」と宣言すればよいだけだ。

今回、北朝鮮は、米国本土に直接核ミサイルを打ち込む能力を持ったことを誇示したが、実際には、間違ってもそんな事はしないだろう。米本土は遠いから、迎撃体制を固めるのに十分な時間があるし、飛来したミサイルを着弾するまでに撃墜する体制も万全だ。その上、米国は直ちに報復攻撃を行う。核弾頭は使わないだろうが、数百発の弾道ミサイルが北朝鮮の主要都市を一瞬にして壊滅させるだろう。

しかし、日本の場合はどうだろうか? 東京は近いので、手遅れになるまでに飛来する核ミサイルを発見し、これを撃墜する事は出来ないかもしれない。そうなれば、核ミサイルは東京に着弾し、私や私の家族を含む多くの人が死ぬ。そして、日本は、首都東京が広島と長崎に続く「第三の核爆弾の被爆地」となり、「世界で唯一の被爆国」である立場を更新する事になる。世界は「悲劇の国日本」に同情はするだろうが、それ以上の事は起こらないだろう。

日本人の多くは、北朝鮮軍が暴発するとすれば、先ずは韓国に侵攻するだろうと考えているかもしれないが、「暴発」の動機が「軍と国民の団結」だけである場合は、日本の方がその目的にかなう。

ソウルを攻撃した場合は、直ちに韓国軍が報復の為に進撃してくるだろうが、日本の自衛隊が出来る報復攻撃はせいぜい平壌を空襲するぐらいだろう。それさえもが、「憲法違反にならないか」などの議論が長引いて、直ぐには出来ないだろう。

日本の自衛隊が、北朝鮮の海岸に上陸して地上戦を展開する可能性等は殆どないだろうし、韓国軍が日本の為に北朝鮮に侵攻する事もないだろう。(北朝鮮側も、二正面作戦を回避する為に、極力韓国を刺激しないようにするだろう。)だから、北朝鮮は、しばらくの間は悠然として、「偉大なる首領様の指導のおかげで、日本の帝国主義者に対する祖国防衛戦争で大勝利した」と喧伝出来る。

米国はどう出るか? 「核には核」の報復攻撃はしないと思うが、「日米安保条約に基づいて、北朝鮮に対し空爆やミサイル攻撃をする」程度の事はするだろうと考えるのが常識だ。しかし、100%それが確実だとまでは言い切れないかもしれない。

中国は口先では北朝鮮を非難しても、実際の制裁行動に出る事はなく、米国の対応を見守るだろう。(心の底では、日本の国力の低下を秘かに喜ぶ気持ちがあるかもしれない。)当然、米国も、中国との関係を深く考えながら、「日朝戦争」に関連して自国がどこまで深く関与すべきかを、慎重に考える事になるだろう。

中国だけでなく、米国も最後は自国の利益の事しか考えない。その時点で、米国内にもし「日本の経済力や国家主義的な傾向の増大を危ぶむ気持」が若干でも芽生えていれば、日本の報復攻撃については「形式的な協力」以上の事は行わない可能性もないとは言えない。そして、北朝鮮にすれば、この可能性に賭ける方が、「米国が脅迫に屈する」事に期待するより、はるかに危険が少ないと考えるだろう。

かつての米国には「世界の警察官」を自認する力と意欲があった。たとえば、イラクでは、フセインがあくまで公開を拒んだという事を口実に、大量殺傷兵器があると目されている場所に直接ミサイルを打ち込むという選択肢もあった。(現実に、リビアでは、一時期カダフィはこれを恐れて対米融和路線を取った。)米国がもしこの選択肢を取っていたら、イランも北朝鮮も同様の事態になる事を恐れて、核開発自体を自制したかもしれない。

しかし、米国は、石油利権に目が眩んだのかどうかは知らないが、フセインに代わる親米政権をイラクに作る事を夢見て、地上軍を送り込み、泥沼にはまってしまった。アフガニスタンでも成果を作れなかった米国は、もはや「世界の警察官」となる事を半ば断念したと考えてよいだろう。米国が今後の最大の戦略目標と考えている「中国との覇権争い」は、軍事と経済の二正面での駆け引きを必要とするので、何事にも慎重にならざるを得ないと思う。

それでは、日本はどのようにしてこのような事態を防げばよいのか? 今回は既に紙数が尽きたので、その議論は次回に譲る。