企業のブラック化はなぜ起こるのか?

山口 巌

「ブラック企業」という言葉を知らない若者はまずいないのではないか? しかしながら、企業のブラック化はなぜ起こるのか? を、きちんと説明できる若者もそう多くない気がする。


良い機会なので韓国と北朝鮮を例に考えてみたい。

飽く迄仮の話であるが、金正恩氏がよそ見をしながら歩いていて電柱に頭をぶつけ、突如、「ミサイル」、「核」開発は止めて、「改革、開放」に舵を切ると宣言したとする。

北朝鮮の「軍」に取っては頭の打ちどころが悪かった、飢えに苦しむ一般国民に取っては僥倖という事になるのであろう。

韓国政府は内心困った事になったと思うかもしれない。しかしながら、北朝鮮が問題の多い先軍政治から改革、開放に向かう事は世界が希望する所なので、賛成し、支援するしか選択手段はない。

結果、韓国が支援して38度線の北側に大型の工業団地を造成する様な展開になるはずである。

この工業団地には、一体どの様な「業種」が韓国から移転して来るのであろうか?

「コールセンター」などはさっさと移転しそうだ。

北朝鮮であっても韓国同様「韓国語」を喋る。独身寮を完備し三食賄い付なら日給@300円程度でも北朝鮮の若者が殺到するのではないか?

北朝鮮の地方では飢餓が蔓延しており相当数の餓死者が出ていると聞く。

ここに居れば少なくとも三食がきちんと採れ餓死の心配はない。@300円×25日/月=@7,500円の月収となる。この内500円は自分の小遣いとし、残り7,000円を田舎の両親に仕送りすれば、この金でトウモロコシを買い、両親と、弟、妹の四人家族が命を繋げる。

人件費の安い北朝鮮であれば、「コールセンター」は4直3交替で24時間フル稼働も問題なさそうだ。

クリーニング工場も良いだろう。「コールセンター」同様24時間フル稼働可能だ。

そして、定番は「縫製業」。新興産業国の過去辿った経緯を見れば、先ずワイシャツの縫製から始まり、上流の「織布」、更に上流の「紡績」と縦展開して行く事になる。

その結果、ソウルに出張した日本人ビジネスマンが値札の1,000円に惹かれて購入し、ホテルで開けてみたら何と一枚ではなく二枚入っており、驚いたという結果になる。

この辺りの理屈は、二つ百円の電球と日本経済で説明しているので、これを参照願いたい。

ワイシャツに限らず、北朝鮮から随分と安い商品が輸入される事で韓国国民の暮らしは楽になる。しかしながら、副作用も当然ある。

北朝鮮は意図してやっている訳ではないが、廉価商品と併せ「失業」を結果、韓国に輸出する事になるからである。

北朝鮮に国内製造業が移転してしまったり、競合の目途が立たず廃業してしまい、韓国国内で多くの雇用が失われる光景を予想するのに想像力は必要ないだろう。

韓国の産業は大雑把にいって三つに分類される事になる。

先ず第一は、三星電子やLG電子といった世界での勝負が可能な世界企業が牽引する産業。

次いで、国内での事業継続は諦め北朝鮮に移転する産業。

最後は、韓国に留まり北朝鮮の廉価商品と戦い続ける企業が多い産業である。

この場合の問題は「メーカー希望小売価格」と「市場価格」の格差が日に日に拡大する事である。

工場の稼働を優先するのであれば、価格を市場価格に連動させねばならない。そして、当然の話であるが「原価」が圧縮出来ねば赤字となり企業は倒産してしまう。

事業計画を作った経験のある人なら常識であるが、「原価」を圧縮するといっても企業単独で可能なのは精々「人件費」の圧縮くらいである。

「材料費」を圧縮したいと願っても調達先の理解と協力が必要だ。

「金利」を圧縮したいと思ったら、銀行など金融機関の理解と協力が必要だ。

「電気」、「ガス」、「水道」となれば、基本無理という話になる。

その結果、企業は破綻回避のため、今いる従業員に二人分の仕事を一人でやって貰うとか、給与の大幅削減を実行するとかといった施策に向かわざるを得ない。

有能な社員であれば定常的な業務を合理化し、生産性を上げる事で従来の給与を受け取る事が出来るかも知れない。

一方、そうではない凡庸な社員の給与には大鉈が振るわれる事となる。不満はあっても多くの企業が38度線を越え、北朝鮮に移転してしまった以上韓国には最早「雇用」はない。

良い条件での転職は夢のまた夢で、結果、賃下げを受け入れざるを得ないという事である。

「朝鮮半島での仮定の話と、日本企業のブラック化と一体何の関係があるのか?」 と疑問を持つ人もいるかも知れない。

全く同じ事なのである! 1989年のベルリンの壁崩壊が物語の起点である。丁度その時、私は中東に駐在しており、友人のドイツ大使館コマーシャルアタッシュから祝賀パーティに招かれ、沢山のシャンパンを飲んだ。

アメリカ、EUそして日本でも世界が平和になる事を祝って沢山のシャンパンが飲まれたはずである。そして、これらの世界経済を本来牽引すべき先進国は、こぞって今尚二日酔いに苦しんでいる。

日本も勿論例外ではない。13億人の人口を有する中国に廉価な労働力を求め、日本の製造業は殺到した。ユニクロは最も判り易い成功例ではないのか?

そして、今後はベトナム、更にはミャンマーといった更なるフロンティアに進出する事になる。

日本国内の企業に勤める会社員や労働者の賃金が中国、ベトナム、ミャンマーの労働者の賃金に鞘寄せされ、下に下にと向かって行くのは、水が高い所から低い所に流れる様に極めて自然な現象である。

長々と書いてしまったが、日本企業がアジア新興産業国に「サプライチェーン」の構築に成功したという事は取りも直さず「デフレ体制」を構築したという事である。

そして、その当然の結果として、破綻回避を目的として日本国内に留まる企業は果てしなくブラック化して行く事になる。

山口 巌 ファーイーストコンサルティングファーム代表取締役