アベノミクスの支持者は「今はデフレギャップが10兆円以上もあるので、それを埋めるだけで成長できる」と期待しているようだが、それは本当だろうか。ラジャンはアメリカ経済について次のように書いている。
The point is that debt-fueled demand emanates from particular households in particular regions for particular goods. While it catalyzes a more generalized demand, it is not unreasonable to believe that much of debt-fueled demand is more focused. So, as lending dries up, borrowing households can no longer spend, and demand for certain goods changes disproportionately, especially in areas that boomed earlier.
住宅バブルの過剰債務で嵩上げされた需要は、バブルが崩壊すると消え、大量の失業者が出る。それまでの需要を単純に延長した潜在GDPに戻すことは不可能だし、望ましくもない。必要なのは、バブルで膨張した建設部門の過剰労働力を他の部門に移すことだ。金融政策は、その過渡的な痛みをやわらげることはできるが、もう存在しない需要を作り出すことはできない。
同じことは、日本でもいえる。次の図でもわかるように、バブル崩壊後、製造業と非製造業の生産性格差が広がり、非製造業では労働生産性が低下している。これは非製造業に大きな過剰雇用があることを示唆しているが、日本では雇用の流動性がきわめて低いので、失業率が上がる代わりに賃下げによって賃金を労働生産性に近づけてきた。これが「デフレ」の原因である。
このような生産性格差は、1930年代にハイエクの指摘したコーディネーションの失敗の一種であり、ケインズ的な有効需要の不足ではないので、マクロ的な「景気対策」では解決できない。製造業・非製造業を一緒にして「デフレギャップ」を埋めることにも意味がない。ラジャンもいうように「仕事のなくなった労働者が新しい仕事につく」ことしか解決策はないのだ。
だから必要なのは金融緩和ではなく、流通や建設などの部門に残っているゾンビ企業を退場させて、遊休している労働者が新しい職場で働くことを支援するしくみである。政府が雇用調整助成金などの補助金や公共事業によって過剰雇用を温存することは、経済の停滞をまねいてデフレを長期化させるだけだ。
北欧の経験からいえることは、成長率を左右する要因として重要なのは政府の大きさではなく、労働移動の容易さだということである。それを実現する改革の方向としては、アメリカ型のドライな労働市場より、北欧に学んで負の所得税などの社会的セーフティネットを整備し、個人を守って企業を守らないしくみに変えてゆくことが現実的ではないか。これも日本のタコツボ型組織とは相容れないので容易ではないが…