なぜアメリカはデフレに陥らなかったのか

池田 信夫

クルーグマンがおもしろい考察をしている。彼は2008年に「アメリカもデフレに陥る」と予言したが、現実には大きなGDPギャップが残っているにもかかわらず、デフレにはならなかった。なぜだろうか?


アメリカの賃金変化率


その答は、名目賃金の下方硬直性である。上の図のように、アメリカの圧倒的多数の賃上げ率はゼロであり、インフレ率の分だけ実質賃金は下がっている。つまり大きな過剰設備が残っているのにデフレにならないのは、労働組合が賃下げを容認しないからだ。これは労組が産業別で、個別企業の業績と無関係に物価スライドで賃上げを要求するためだと思われる。

これに対して日本の労組は企業別なので、業績が悪いときは労組が賃上げを「自粛」し、新規採用を抑制して時給ベースの非正社員を増やすため、平均賃金が下がる。その結果、下の図のように単位労働コスト(賃金/労働生産性)はOECD諸国で飛び抜けて低くなった。


世界各国の単位労働コスト(OECD調べ)

国際競争に直面したとき、賃金が新興国に引き寄せられて下がるのは自然で、日本の国際競争力は着実に上がっている。アメリカでインフレになっているのはFRBの金融緩和のおかげではなく、賃下げができないからだ。インフレになれば景気がよくなるかどうかは、欧米をみればわかるだろう。

このような日本の労使の価格調整メカニズムは、1970年代の石油危機でも発揮された。1973年の第1次石油ショックでは、下の図のように物価が年率20%以上も上がって大混乱になったが、1979年の第2次石油ショックでは物価は8%ぐらいしか上がらなかった。これによって日本はいち早く石油危機から脱却し、80年代に世界のトップランナーに躍り出たのだ。


日本の消費者物価上昇率

日本の現状は、金融危機の後遺症に悩む欧米に比べればずっとよい。賃下げや円安で国際競争力は上がっているので、必要なのは、法人税を下げて企業の海外移転を防ぐと同時に、労働移動を促進して労働生産性の企業間格差を縮めることだろう。だから金融政策なんかどうでもよく、産業競争力会議の打ち出した解雇規制の緩和が改革の本丸である。