安倍政権によるマヤカシの「待機児童対策」 --- 鈴木 亘

アゴラ

どうやら意図どおりに日銀正副総裁人事が決まりそうなアベノミックスであるが、今後、重要なことは、いつまでも続けられない第一の矢(金融緩和)、第二の矢(公共工事拡大)が失速する前に、第三の矢である成長戦略、規制緩和策につないでゆくことである。


その意味で、改めて復活した政府の「規制改革会議」の活躍が大いに期待されるところであるが、アベノミックスの目玉として規制改革会議が現在、最優先議題として掲げている「認可保育所の設置基準の緩和」、「株式会社などの参入を含めた保育サービスの規制緩和」の雲行きが、非常に怪しくなっている。

すなわち、自民党の保育族、文教族という族議員たちの復権と、既得権を持つ業界団体(保育団体、保育労組、幼稚園団体)が暗躍し、消費税の税収増分を使う為の利益誘導合戦、利権拡大が進みつつあるのである。また、利権を守るための規制改革の骨抜きも進みつつある。

政権交代後、「民主党時代の失策の轍を踏まない」とする政策見直しが進んでいるが、この保育分野に関しては、自民党時代の族議員・業界利権政治に完全に戻ってゆくのではないか。安倍政権の清新なイメージとは裏腹に、民主党時代よりも、より悲惨なダークな状況になってゆく可能性が濃厚である。喫緊の課題である「待機児童対策」など、もはや完全に忘れられた存在になりつつある。

その象徴的な人事が、4月から発足する政府の「子ども・子育て会議」で行われる株式会社ハズシである。この「子ども・子育て会議」とは、民主党時代に保育政策を抜本的に見直すために作られた「子ども・子育て新システム会議」(まぎらわしい名前であるが)の後任に当たる自民党政権の会議で、昨年夏に成立した子育て関連新法を、具体的な施策に落としてゆくための詳細な制度設計を担う。

現在、内閣府の事務局によって、その人選が大詰めを迎えているところであるが、私が各方面から確認したところでは、次のようなメンバーが選ばれている。

・保育の業界団体が3団体(全国私立保育園連盟、全国保育協議会、日本保育協会)
・幼稚園の業界団体が3団体(民主党時代は2団体であったが、保育と数を合わせるために3団体になった)
・認定こども園の団体
・保育利用者の立場を代表する労働団体からは連合のみ(民主党時代は、2団体だったが1団体減)、
・NPO子育て広場 奥山さん、フローレンスの駒崎さん
・経済団体は経団連、日本商工会議所の二団体
・民主党時代から選ばれている業界寄りの学識経験者達

驚くべきことに、民主党時代の「子ども・子育て新システム会議」の時代ですら、選ばれていた株式会社の保育事業者達が見事に外されているのである。その代わりに、経済団体を入れたと言うことであるが、これがまた曲者である。

経団連はともかく、保育の規制改革にもっとも前向きな経済同友会が外されている。その代わりに選ばれたのは日商であるが、これがまた問題である。私は以前、日商で保育改革の講演をしたことがあるが、ここにいたのは改革派の企業経営者では無く(少なく)、実際には、社会福祉法人の理事長達であり、改革にもっとも後ろ向きな人々が多かった。

これらは恐らく、既得権を守りたい保育団体や幼稚園団体、族議員たちの「株式会社を排除しろ」という声に答えた人選だと思われるが、これでは、規制改革会議が掲げる保育の規制緩和など、進むわけがない。待機児童対策もこれでは全く進まないであろう。

待機児童対策と言えば、昨年度、横浜市が待機児童を8割以上も減少させ、実質的にほぼ「待機児童ゼロ」を達成したことが話題になっているが、横浜市の保育所増の半分は、実は、株式会社立の認可保育所によって行われたのである。規制に守られ、家族・同族経営の多い社会福祉法人とは違い、株式会社立の認可保育所は、このように機動的に供給増が行える。

しかし、株式会社立の保育所には、1)株式会社であるにもかかわらず、株式で資金調達をして、配当することが禁じられている、2)保育収入を新しい保育所を設立するための投資に使えない(内部留保の使途制約)、3)企業会計のほかに、社会福祉法人会計の作成を求められる、4)社会福祉法人は全ての税が免除され、多額の施設整備費や開設経費*が認められている一方、株式会社立には全く認められない等、様々な制約・不公平があり、実質的に株式会社立の認可保育所は大きな足かせが課されている。

これから詳細な制度設計を行う「子ども・子育て会議」の場に、こうした事情がよくわかっている株式会社の事業者がいなければ、株式会社立の認可保育所を排除したい業界団体の意図通りの制度となってしまう。まさに、旧態依然の既得権益者の会議だと言わざるを得ない。

安倍政権の本音として、「参議院選までは、既得権に立ち入る規制改革をできれば進めたくない」という意図があることは仕方がない。しかし、これ以上、族議員と業界利権の復権を野放しにしていては、もはや参議員選後に、改めて規制改革などできるはずがない。参議院選までは、現実的な判断として既得権に立ち入らなくても、少なくとも、ファイティング・ポーズはとっておくべきだろう。この露骨な株式会社ハズシは絶対に見逃すべきではない。安倍首相やその側近たちの耳には、恐らくこのことは届いていないのであろう。

*開設経費についての注……来年度から施行する新システムにおいて、「イコールフットで事業者参入が認められる」という法律になっているが、今までは社会福祉法人だけに認められていた開設経費が、減価償却費の一定割合相当額分を加算した運営費が支払われる、という方向性で新システム会議の議論が行われていたにも関わらず、法律には明文化されていない。この点は、新しい「子ども・子育て会議」で歪められる可能性があり、株式会社立に対してはいつまでも開設経費が不支給となり、イコールフットが実現されない事となる可能性が高い。


編集部より:この記事は「学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)」2013年3月14日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった鈴木氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)をご覧ください。