高画質テレビ規格、4Kか? スマートか? --- 中村 伊知哉

アゴラ


高画質テレビ規格「4K」(フルハイビジョン)と「8K」(スーパーハイビジョン)が注目を集めています。昨秋のCEATECやInterBEEでも高画質モデルが展示されていて、スマートテレビと双璧をなしていました。1月には総務省が来年夏に衛星で放送する方針を示し、2月にはKDDIとJ:COMが4K、8Kの映像を圧縮伝送することに成功というニュースがありました。


ぼくはIPDCなどスマートテレビに力を入れています。4K、8Kがキレイに見せる技術であるのに対し、スマートテレビはべんりに楽しむ技術。日本ではNHKハイブリッドキャストやマルチスクリーン型放送研究会などの動きがあります。最近はテレビをAndroid端末にする装置が盛んに宣伝されていますね。テレビにネットをつなぐ先駆者には、96年バンダイのピピンアットマーク、98年セガのドリームキャストがあります。ぼくはMITメディアラボ当時、ドリキャスの開発に関わったのですが、いずれの挑戦も早すぎた。ものごとには時期があります。

キレイか、べんりか。両立させられるといいのですが、資源には制約があります。放送、通信、メーカ、ソフトウェア、コンテンツ……どのセクターがどういう資源をどう配分するか、そのスピード感はどうか、が大事です。

というのも、ぼくには2つの失敗がありまして。

最初は、ハイビジョンか多チャンネル(CATV)か、です。キレイか楽しいか。1980年代後半、今から25年前。ぼくは郵政省有線放送課の係長で、多チャンネルCATVの推進役。都市型CATVが全国に芽吹く時期でした。これに対し、NHKと家電メーカーはアナログMUSE方式のハイビジョンを推進。走査線1125本なので11月25日をハイビジョンの日と定めるなど、大々的なキャンペーンを張っていました。

この両者を同時に推進するのは舌を噛みます。CATVは何十チャンネルも流せるのが売り。他方、ハイビジョンは高精細だが、1本流すのに6チャンネルを潰さないといけない。どちらを優先するのか。ぼくはNHK+民放数局の日本では多チャンネル需要を満たすことが先だと信じていました。でも、政界も業界もハイビジョンに傾きました。力関係ではそういうこと。負けです。

逆にその後CATVは管理が強まるなど絞める政策が採られ、産業としての立ち上がりは5年遅れたと思います。ハイビジョンも結局その後、デジタル放送という、より大きなパラダイム変換が起こり、その波に飲まれていきました。

キレイか楽しいかで張り合っていた頃、MITメディアラボのネグロポンテ所長が日本に対し、「それよりデジタルにしろ」と盛んに唱えていました。ネグポンが電通の会議に来るというので忍び込んだところ、こんな話でした。

「3:4だの9:16だの、走査線が何本だの、そんな議論はナンセンスだ。ディスプレイなんて四角でも丸でもいいんだ。大きさも、解像度も、ディスプレイの形も、ソフトウェアが決めればいい。ユーザが選べばいい。ハードウェアの仕事ではないし、国が決める話でもない。選べるか、選べないか、が問題だ。」

選べる世界。その後みるみるうち、コンピュータとインターネットで実現する世界ですが、それまでアナログのハードな政策を見てきた一官僚には、ガツンと来ました。まさかそれから数年たって自分がMITに渡ることになるとは夢にも思いませんでしたが。

もう一つの失敗。ISDNかADSLか。90年代初期のこと、ぼくは政策課の課長補佐でした。NTTが64KpbsのISDNを推進している最中、ADSLという技術を使えば、1Mbpsの映像伝送も可能だという話が入って来ました。電話網を映像ネットワークにできる。興奮しましたね。CD-ROM等を製造していたコンテンツ事業者や広告会社などと相談して、田舎の有線放送電話を使った実験を画策したり、推進するペーパを書いたりしていました。

でもISDNとADSLは同じ電話網をデジタル化する技術で、両立しません。ぼくらの企みは、勝負を挑む間もなくプチッと潰されました。NTTの力たるやNHKの比ではなかったといいますか。それからもADSLを導入する試みは形を変えて続けられましたが、日本で最初に実験が行われたのは99年、長野の農協が有線放送電話を使って行ったものでした。6年前に始まっていたらどうだったろうな、と今も時々思います。

地デジはキレイでべんりなテレビを実現するものです。ハイビジョンと、テレビのコンピュータ化を同時に達成するものです。それが整備されて現れた問い、「4Kかスマートか」。さて、どうでしょう。4Kは苦境にある日本のメーカーが再生する切り札だと唱える人もいます。総務省も期待しているのでしょう。これに対し、スマートテレビに関わるぼくは、スマートが先だと考えます。

地デジでとりあえずテレビはキレイになりました。多くの家庭がテレビ受像器を買い換えました。そこですぐもっとキレイな4Kと言われても、というのが実態でしょう。さらにケーブル配信業者に聞くと、高精細HDの伝送は25%に過ぎず、旧来のSD画像がまだたくさんあるといいます。さらなる高精細のニーズは本当にあるんでしょうか。高精細にしても広告が増えないことは経験済みで、ハイビジョンの頃と違って銀行もメーカーも弱ってる中で、どう資金を投下するかも課題です。

これに対し、地デジでべんりになったかというと、それがまだ達成できていません。デジタルならではの面白いサービスが開発されていません。その部分は、スマホやタブレットが単騎でニーズをくみ取っています。テレビとスマホを組み合わせて豊かなサービスを作り、テレビ広告以外の新ビジネスを組み立てる。こちらは次の市場とニーズが見えます。

一方、デジタルサイネージやオープンデータの推進役の立場としては、4K、8Kに期待しています。ビジネスはこの業務用から立ち上がるでしょうし、有望だと思います。スマートテレビ放送より業務4Kのほうが早いかもしれません。サイネージが超高精細を欲しがっているのは当然ですし、その表示技術も伝送技術もできてきました。課題だったコンテンツも、この数年でずいぶん充実しています。

より切実なニーズがあるとすれば、映像のビッグデータ活用じゃないでしょうか。監視カメラに写るデータを、目視ではなく機械システムとして抽出、処理、分析できるほどの精細な映像を得ることができれば、利用は面的に広がります。8Kのような超高精細の映像は、人間より機械のほうがより強く欲しているのではないか、と感じます。

要するに、4Kでもスマートでもどっちでもいいのですが、どっちにしろ国際的な新ビジネスを創出する方向での政策展開を望む次第であります。


編集部より:このブログは「中村伊知哉氏のブログ」2013年3月21日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はIchiya Nakamuraをご覧ください。