キプロス:メルケルにつくかプーチンにつくか、それが問題だ --- 小田切 尚登

アゴラ

ここ数日、キプロスの銀行の窓口が閉じられています(ATMで現金は引き出せますが)。小さい島国であるキプロスの問題が世界経済を揺らしています。日本の株価や為替レートなどにももちろん影響していて、我々にとっても他人ごとではありません。そこで、ごく簡単にキプロス問題についてその背景を中心にまとめておこうと思います。

キプロス島はトルコのすぐ南、シリアなどの西に位置しています。中東にあるちっぽけな島です。場所的には決してヨーロッパではない。「キプロスをヨーロッパと言うのは、まるで北海道を北米と呼ぶようなものではないか」なんて思ったりします。それがドイツやフランスなどと同等の資格でユーロ圏を構成している。これがわかりにくいところですね。

なぜキプロスはヨーロッパの国とされるのか、ポイントは三つあります。

その一つは宗教です。キプロス人の八割近くがギリシャ系で、彼らはキリスト教の東方正教会(ギリシャ正教)の信者です。正教徒は東欧からロシアにかけての支配的宗教であり、それがキプロスとロシアとの「特殊な関係」の基になっています(他にトルコ系キプロスとレバノン内戦の問題もありますが、省略します)。

二つ目は天然ガス。このところ地中海の東側には天然ガスがたくさん眠っているとされ、トルコ、イスラエル、キプロスなど多くの国が自国の権益を主張しています。これは東シナ海の天然ガスの権益をめぐって東南アジア各国と中国などが争っているのと似ています(東地中海と東シナ海……そっくりですね)。簡単に言えばロシアのガスプロムはキプロスの天然ガスを狙っているわけです。

三つ目は金融立国としてのキプロス。もともとキプロスでは産業といえば観光や船舶くらいしかありませんでした。しかしタックスヘイブンとしてオフショア金融の分野で急成長しました。特に1991年のソ連の崩壊そしてユーゴの崩壊により、これらの「東方正教会仲間」の国の金融システムがめちゃくちゃになった。そこでこれらの国からキプロスに資金が大きく流れました。キプロスは「東欧の金融ハブ」になったというわけです。一人当たりGDPもEUの平均並みに上がりました。アジアにとっての香港とかシンガポールのようになったと考えれば良いでしょう。

そして2004年にキプロスはEUに加盟します。順風満帆に見えましたが、数年後にリーマンショックそしてヨーロッパ危機、特にギリシャ危機でやられてしまったというわけです。他に大した産業がなく、海外から金を集めて金融だけに依存している国は、こういう危機に最も脆弱です。

さて、キプロス救済のためにIMFとEUはこう突きつけました。「キプロスに100億ユーロを援助してやる、そのかわりに、キプロスの銀行に預けている預金者から税金をそれぞれ6.75%(10万ドル以下の預金)か10%弱(それ以上の預金)徴収して返済に充てろ。」

一般人の預金に手を突っ込め、とは厳しい要求です。特に10万ユーロ以下の預金は預金保険に入っているはずなのに、それでも取り上げるというのは約束違反です。でも、一割カットくらいなら、まあ納得できるかもしれない。それまでキプロスの銀行の預金者は税金のメリットもあり、ものすごく得をしてきましたからね。(実はロシアの大口預金者の一部は「一割カットくらいで済むなら万々歳」と言っているそうです。銀行がつぶれたら一割どころでは済まないでしょうから……)。

でも、キプロス政府は今のところ、こんな条件は飲めない、と突っぱねています。なぜなら

  1. 集まったカネに税金をかけたら、将来海外からカネが集まらなくなることが予想される。オフショア金融が唯一のメシの種なのですからこれは国の存亡に直結します。
  2. キプロス政府は「どうせEUはキプロスをつぶさない」とたかをくくっているのではないか。小さい国だからギリシャなどを助けるよりはコストがずっと低く、かといってデフォルトさせたりしたら他の国に伝播する危険がある。「助けない」というシナリオは考えにくい。
  3. あと、技術的に預金口座の名寄せができていないらしい。(大口預金の多くはすでに小口に分けられているみたいだし。

結局、キプロスとしてみると、EUの言いなりになってユーロにしがみつくか、ユーロから離脱してロシアの傘下に入るか、の二者択一の状況となっています。EUにはユーロの存続と経済の今後が、ロシアは天然ガスを狙いつつ自国民の預金も守りたい。ギリシャの新聞によると、現時点ではなんと三分の二以上のキプロス人がロシアについていくことを希望しているそうです。

EUについていく、とはすなわちメルケルの子分になることだし、ロシアについていく、とはすなわちプーチンの子分になることを意味しています。成り行きを注目していきましょう。

小田切 尚登(オダギリナオト)
経済アナリスト