Google Glassは我々にいったい何を見せるのか

石田 雅彦

2013年中には市場に出てくる、と言われているのがGoogle Glassです。この2月にはエクスプローラープログラムとして、すでに一般ユーザー向けのβ版も出ています。各種情報によると、Wi-FiもしくはBluetoothでネット上へ接続し、音声もしくは側面での指操作でコントロールするようです。このデバイス、新たな端末としてiPhoneが出現したときのように我々の生活を劇的に変えるのか、それともいずれ消え去るべき陳腐な過渡期的ガジェットなのか。残念ながら筆者はまだ実機を見ても触ってもいませんし、まだちょっと判断に迷うところなんだが、あちこちから情報も出てきたところで少し深く考えてみましょう。

※Google+「Project Glass


Google Glassについては、Googleの創業者の一人であり技術部門担当社長でもあるセルゲイ・ブリン氏のスピーチをご覧ください。ここで紹介されている動画自体はHow It Feels[through Glass]から取ったものです。ブリン氏はスマホ批判をし、Google Glassがスマホに奪われた時間の節約につながる、と語っています。また、これはDVFというブランドのファッションショーをGoogle Glassで撮った動画です。

デバイス自体は、耳の上に乗せるメガネのツル状のもの、その先についた映像再生機器の入った細長い箱状のものになります。「Glass」といってもメガネではなく、メガネに装着する別のデバイスです。既存のメガネにもGoogle Glassだけを装着できるようになるようなんだが、片方のツルだけにつけるというのは重心的に偏りが出そうです。

実際に操作すると、視覚画面の右上に小さなウインドウが開き、そこにフライトスケジュールや時刻、ニュース、向こうにカメラがあれば動画を送った側の様子、視覚情報をシェアする相手、翻訳サービス、ランドマーク情報などが出てきます。また、Eメール(gmail)の送受信やテキストメモ書きなども可能だし、画像認識で個人の情報とリンクさせることもできます。これは顔と名前が一致しない場合、重宝しそうです。さらに、イヤホンで音楽を聴くことも可能らしいので、ひょっとするとiPhoneのキラーガジェットに進化するかもしれません。

Google Glassは、ジェスチャーや音声でコマンドを入力できるキネクト(Kinect)を使っています。「OK Glass, snap a photo」というように開始コマンドの「OK Glass」の次に写真を撮って、と命令を発話します。さらにGoogleが特許を取得している技術を使った進化型では、指先にマーカーをつけ、空中やデスク上にAR的キーボードを置いて入力する、といった仮想インターフェースも可能になるようです。

以上の動作がどういう仕組みで行われているのかと言えば、Google Glassから送られた情報がGoogleのサービス本体のものと同期し、Googleを介してユーザーとつながる、という具合です。ようするに、自分が目で見ている外の風景に関連させ、インターネット経由でリアルタイムの「検索」が可能となるわけであり、その情報をインターネット上の相手とやり取りでき、動画などをPCやクラウドなどへ保存することもできるようになります。

我々のコミュニケーションでは「視覚情報の共有」が大きな役割をになっています。インターネットもブラウザによる視覚的な操作性向上がなければ、これほどまで広がらなかったでしょう。視覚情報には「視点」と「即時性」が重要です。アナログのカメラでは両者を同時に表現することは不可能だったんだが、ネットを含むデジタル技術の発達によってそれが可能になりました。このGoogle Glassを使えば、送り手の視点と共感という同時性が、よりダイレクトにリアルに受け手へ伝わるようになるでしょう。

近々このデバイスを実際に使うことができるようになります。では、いったい何がどう変わるのか、我々の生活はどう変化するのでしょうか。これまでもビジュアル情報の共有はあったんだが、ウェラブル化することで大きな変化が起きるのでしょうか。

Google Glassには写真撮影と動画撮影の機能があります。視点や時間の共有で言えば、動画でこそ真価が発揮されます。SNSもタイムラインという冗長なものではなく、よりリアルタイムな特徴を活かしたものに変化するでしょう。「視点の共有」が、いつでもどこでも誰とでも、というようになれば、我々の世界は確実に広がります。視点の共有によって他者の体験も共有するできる、というわけです。

マーケティングに利用する、というのは誰もが考えつく利用法でしょう。また、それを応用したサービスなども出てきそうです。いつでもどこでも誰でも自分の視覚データをネット上で共有できるようになれば、そのビッグデータはかなり有用な情報になることは間違いありません。加速度センサーなどが付いていれば、頭を振る速度から興味の深さも知ることができます。どれだけの人間がいつ何に興味をもったのか、正確に分析できるようになるでしょう。

このデバイスが普及すれば、Googleは既存の検索サービスでは得られない情報を手に入れることができます。それは「大衆がいったい何を見て何に興味をもっているのか」というリアルタイムの「欲望」にほかなりません。ビッグデータ時代にこれらの膨大な情報は、整理され分析され利用されることになります。

米国では「Google Glass禁止の店」がもう出始めています。両手がふさがってる場合「ミュージックスタート」とか発話しないと動かないようだし、あちこちでブツブツつぶやくメガネ人間が増えそうです。すでに一見して普通のメガネにしか見えないビデオ撮影ツールが市販されてるわけで、今でこそ大きくて目立つGoogle Glassだって、すぐに細く小さく目立たなくなるはず。現状のサイズでさえ、ちょっと太めのツルに替えれば良さそうでもあります。店内撮影禁止のブランド店も多く、盗撮事件もいっこうになくならない状況で、こうしたデバイスだけ進化すると様々な問題や軋轢が生まれそうな予感もします。

また、ネットやGPSに常時接続しないと使い物にならない、というのも不安です。自分の位置情報が誰かに筒抜け、ということになりかねません。人間の視覚が1日24時間で得る情報は膨大です。我々の脳は視覚情報を含めた「体験」すべてを記憶することはせず、取捨選択し、短期記憶から長期記憶へ段階を経て取り入れるようにしている。Google Glassの視覚情報も使用者が命じなければ、何ら加工も保存もされません。だとしても、個人情報の流出はもちろん、Googleがこのデバイスで得たユーザーからの情報をどう使うのか、用途や管理の問題が浮上してくるのは間違いありません。

Google Glassが安く広範のユーザーに使われるようになると、出会った人たちがみんなメガネをかけている、なんて光景になるでしょう。このHow Guys Will Use Google Glassって動画では、街で女の子をナンパして口説くツールになる、と紹介。しかし、みんながGoogle Glassをかけ始めたら、ビジネスの現場でも共通の話題には事欠かなくなったり、相手の弱点を探り合う、ということが起きるはず。ひょっとすると、個人や企業にかかわらず、ネット上に極力、自分の情報を置かない、という動きが加速されるかもしれません。

また常時ネット上の検索システムに接続することで、物知り博士・雑学博士がいなくなり、ますます深い斬新な発想力が試されるようになります。聴覚情報と視覚情報の共有化が進むことで、残ったのは嗅覚や味覚の情報共有になり、次のデバイスやサービスはこうしたものへ向かうのかもしれません。

また、近い将来、画像センサーの物理的制約に依存しない解像度のカメラが出現するのは確実です。そうなれば、超望遠の光景を見せてくれたり、顕微鏡機能でマクロな世界に連れて行ってくれたり、さらにはGoogle Earthを使った鳥瞰的な視点が可能になります。Google Glassは、視覚的な能力を「拡張」してくれるデバイスに進化するかもしれません。

ところで、Googleリーダーの終了と「Google版Evernote」ともいうべきGoogle Keepの登場でわかる通り、Googleはサービスや情報を「与える」側から「得る」側へ移行しようとしています。Googleのビジネスの方向は、これまでの種まきは終わり、これからは収穫することへシフトしていくでしょう。Google Glassは、そのための重要なツールになるはずです。

技術的な面で言えば、Google Glassと同じ発想のデバイスでは、任天堂がすでに1990年台の半ばに作った「バーチャルボーイ」がありました。今やこうした視覚情報に関係するウエアラブルデバイスの分野は、世界中でかなりホットな研究開発競争が繰り広げられています。たとえば、docomoが2012年のCEATECに出していた「ハンズフリービデオフォン」なるものがそれ。また、ワシントン大学などの研究によるコンタクトレンズ型ディスプレイも実用化へ着々と近づいているようです。

さらに、ブラザーの「AiRScouter」というのがあるように、ヘッドマウント型のディスプレイ(Head Mounted Display)自体も以前からあり、技術的に目新しいものではありません。ブラザーのものと同じ網膜へ映像を投影するものには「Telepathy One」というメガネ型デバイスもあります。これはセカイカメラの井口尊仁氏が関わっているらしいんだが、網膜走査という侵襲系のデバイスに抵抗感のある人も多いでしょう。また、情報の共有技術でいえば、今や外科手術などの医療現場では、手術の参加者全員が視覚的な情報を共有する、といったようなことが実際に行われています。

つまり、Google Glassは技術的に画期的なものではありません。AR(拡張現実)にしても、現状のGoogle Glassの紹介動画を見る限り、まだまだ中途半端な技術です。しかし、このあたりは前述したマーカー技術やネット広告との関係で新しい技術表現が出てくるんじゃないのかな、と思います。

Google Glassは、タブレット端末の「Nexus」やノート型PC「Chromebook Pixel」などに続くGoogle製のデバイスとなります。タブレットやラップトップは、ファブレスによりアイディアだけでも作ることはできるでしょう。しかし、このGoogle Glassは各部品調達は既存のものを流用するにせよ、実際に作るにはまったく別の技術が必要です。価格も現状では1500ドル、という話が出ていますが、少なくとも高級スマホ程度の値段にならないと普及しないでしょう。

Google Glassの機能や効果を最大限に発揮させるためには「より多くの人がいつでもどこでも」という前提が重要です。価格も安くなければならないでしょうし、すぐに電池切れでは使い物になりません。英語だけじゃない多言語化も必要でしょう。一般発売まで時間がありますが、Google Glassで価格も含めた技術的な課題は大きそうです。


アゴラ編集部:石田 雅彦