「ガラパゴス」社会の原型 - 『天皇とは何か』

池田 信夫

天皇とは何か (宝島社新書)天皇とは何か (宝島社新書) [新書]
著者:井沢 元彦・島田裕巳
出版:宝島社
★★★☆☆


キリスト教を知らないと西洋社会を理解できないとか、イスラム教を知らないとアラブ世界を理解できない、とよくいわれる。同じ意味で、天皇制を知らないと日本社会は理解できないが、それを自覚している日本人は少ない。その原因は、今まで戦争責任などのイデオロギー的な文脈で語られることが多かったからだろう。

しかし本書も指摘するように、天皇制は世界でもまれにみる平和主義的な統治機構である。初期の天武天皇のころまでは武力をもっていたが、平安時代以後は実権をもたないまま「万世一系」の天皇家が続いてきた。精神的な権威と軍事的な権力を分離して相互に牽制させる制度は珍しくないが、前者は唯一神のように観念的な存在になることが多く、日本のような特定の家系による支配が1000年以上も続いてきた例は他にない。

この原因を、著者(井沢氏)は天皇家が武力を放棄したことにあるという。日本列島に古来から住んでいた縄文時代までの日本人は狩猟を生業としていたが、天皇家に代表される高い文化をもつ農耕民族にとっては、動物を殺す仕事はケガレであり、身分の高い者のすることではなかった。このため平安朝で征夷大将軍という代理人に武力をゆだね、天皇自身は武力をもたない支配者になった。

この結果、実質的な支配力をもつのは戦争というケガレ仕事を行なう武士になったが、彼らにとっては武力を放棄した天皇家は脅威ではないので、その伝統的な権威を利用して武家の支配を正当化した。これが丸山眞男のいう日本型デモクラシーの起源かもしれない(時代的には重なる)。

このようにトップが権限を下部に委譲することで自分の地位を守るしくみは、日本社会に遍在する。官庁の実質的なトップは大臣ではなく事務次官であり、企業でも社長は稟議書にハンコを押すだけの「天皇」になっていることが多い。このように現場の自律性が強いことが日本の強みだが、大きな改革のできない原因でもある。

本書のいうように、天皇制は日本が大陸から適度に離れて平和な「ガラパゴス」だったから続いてきた特異な制度だが、グローバル時代にそれが維持できるかどうかは疑問だ。今夜のアゴラチャンネルでは島田裕巳氏と一緒に、現代にも残る「天皇型システム」の功罪を考えたい。

追記:アマゾンの著者に島田氏の名前が抜けている。