異次元の金融緩和時代の「負け組」、「勝ち組」

山口 巌

「異次元の金融緩和」中身の是非は兎も角も、この日銀発表は世界で大きく取り上げられた。更には、世銀総裁も支持しているとの事である


それでは、果たして「異次元の金融緩和」は日本国民を今より幸せにするのであろうか?

ポイントは資金が国内の設備投資に廻り、その結果、雇用が増え、労働者の給与が賃上げされ、最終的に個人消費が上向き、景気が良くなるかどうかだと思う。

生憎、懇意にしている製造業経営者から国内で工場を新設するとか、増設するとかといった話を最近聞いた事がない。

寧ろ真逆で、先週ベトナムの工業団地視察から帰国したとか、或いは現在ミャンマーに出張中とか、海外移転の準備で忙しいという話ばかりである。

無理もない。多少資金が借り易くなったといっても、日本の労働者の賃金とベトナムやミャンマーのそれとは圧倒的な格差がある。従って、「異次元の金融緩和」は国内製造業海外移転のブレーキにはなり得ない。

それでは、潤沢な資金は何処に向かうのであろうか?

残念だが、健全な「投資」ではなく不健全な「投機」に向かう気がする。30年前と同じく「土地」と「株」に投機資金が流入し、再びバブルを発生さすのではないだろうか?

先週金曜日の東京株式市場でも三井不動産三菱地所が、しっかりストップ高を付けている。何より象徴的であろう。

ちなみに、前回のバブルでは株価は下記動きだった。

5075株価-1
出典:Wikipedia

一方、地価もほぼ同じ動きであった。

「喉元過ぎれば熱さを忘れ」とは良くいったものだ。前回のバブルでは、私の回りで多くの人が財産を失いすっからかんとなり、中には離婚に至った者もいた。

しかしながら、今回のバブルの始まりに際し、誰も「儲ける」事ばかりに夢中で、「損」する事は余り念頭にない様に見受けられる。実に危険な状況である。

それでは、今回の「異次元の金融緩和」によるバブルで一体誰が「負け組」となり、一方、それとは別に誰が「勝ち組」になるのであろうか?

先ず、負け組の筆頭は住宅資産を保有せず株式投資も行わない一般国民である。

短期的に物価は上昇するが、労働者の賃金はベトナムやミャンマーの労働者に鞘寄せされるので安倍内閣がいう様には上がらない。下手すると下がる可能性も高い。この辺りは、企業のブラック化はなぜ起こるのか? で詳細説明しているので、こちらを参照願いたい。

収入が減り、支出が増えるので日々の生活は確実に貧しくなる。

中長期的にはバブルは確実に破裂するので、会社員であれば勤め先の経営破綻や経営の悪化に伴うリストラの憂き目に遭う可能性も極めて高い。

踏んだり蹴ったりとはこういう状況の事をいうのであろう。

次は、勝ち組からまるでジェットコースターの如く負け組に転落するケースである。

A氏、40才(配偶者37才と10才、8才二人の子供と4人暮らし)は都内の中堅企業の課長で年収は700万円。5年前にこつこつ貯めた500万円と、両親からの援助500万円の合計1千万円を頭金に、私鉄ターミナル駅近くの便利の良い所に2,500万円でマンションを購入済みである。

株式投資はやらないが、入社時に上司から勧められ自社持ち株会に入会し、勤め先の株をコツコツ買い増ししている。

A氏の様な人間は今回の「異次元の金融緩和」からの御利益を享受する事になる。

先ず最初の変化は、自宅郵便受けに投函される「マンションを売りませんか?」や「マンション無料査定」のチラシが激増する事である。

その内興味本位で査定を受けてみようかという気になる。その結果が、購入価格に1千万円プラスの3,500万円だったりする。後から振り返ればA氏家族に取って地獄へ通じる扉が開いた瞬間である。

ダメもとで業者に4,000万円だと売っても良いと吹っかけてみる。業者もそこはプロだからあっさりと断ったりしない。住み替え用の郊外の庭付き一戸建7,000万円とパッケージで商売をしようとする。

業者は言葉巧みにA氏家族を内覧会に誘い出す。当然、金の心配をする必要のない配偶者と子供二人は郊外の庭付き一戸建7,000万円に夢中になる。こうなれば、最早後戻りは出来ない。

A氏が準備出来る資金はマンションの売却代金からローン残金を差し引いた3,500万と購入価格から二倍に値上がりした自社株を売却して得た500万円の合計4,000万円であり、差額の3,000万円はローンを組む事になる。

何分、「異次元の金融緩和」である。銀行の審査は楽勝でパスするに決まっている。

後はお決まりのコースである。

先ず、7,000万円で購入した自宅は8,000万円、9,000万円と期待通り値上がりを続ける。

結果、A氏やA氏の配偶者は気が大きくなってしまって、以前なら躊躇した様な買い物や、月々の支払いが発生する子供の塾通いなども、余り気にならなくなってしまう。

マンション住まいの時は駅から近かった事もあり自家用車は保有しなかった。しかしながら、郊外の戸建となれば自動車がないと不便である。見栄もあって中古の軽自動車という訳には行かない。当然、それなりの維持費が発生する。

二人の子供は近所の友達と同じ塾に通わせる事にしたが、授業料が以前の二倍に跳ね上がった。

配偶者が近所の奥さん連中と食事会、お茶会で通っているレストランも、今までは決して行かなかった高額な店となる。

そして、その日はやって来る。バブルの破裂である。9,000万円の査定まで上がった自宅は3,000万円でも売れない。勤め先も業績不振で、A氏の年収も当分毎年10%ずつ下がって行く。膨れ上がった家計を維持出来ず、結果、家庭崩壊、一家離散となる。

最後は勝ち組のケースを参照して結びとしたい。

B氏、55才(配偶者53才、二人の子供は既に独立)はA氏引越し先の隣家である。5年前に定年後も住み続ける予定で戸建を5,000万円(ローンは2,000万円)で購入。

バブルでA氏自宅同様9,000万円まで値上がりしたので、思い切って売却。結果、ローン残高1,000万円を差し引いて手元に8,000万円が残った(別途納税は必要)。

この8,000万円は株などのリスクのある投資には回さず郵便貯金している。一方、自宅は最寄駅近くの賃貸マンション(1LDK、家賃13万円)を借りている。

年収は下がるが、今の勤め先が後10年、65才まで面倒を見てくれるらしいので、それまでは会社からの収入で家計を遣り繰りして(充分足りている)、それ以降は月々支給される年金と郵便貯金の8,000万円を取り崩して何不自由ない生活を楽しむ積りにしている。

山口 巌