果たして、ゲームの体験の中心となるのは「深いストーリー体験を提供するゲーム」なのだろうか、それとも、多くの利益を生み出している「アイテム課金を中心としたソーシャルゲーム」なのだろうか。そうした課題をシアトルのインディペンデントゲーム開発会社(独立系開発会社)のComouflajのRyan Payton氏が、日本のゲーム開発者を前にぶつけた。
■小資本の開発環境が引き起こしたインディペンデントゲームブーム
東京で、4月15~16日という日程で、Unite Japanという米Unity Technologies主催のカンファレンスが開催中だ。これは「Unity」という全世界のゲーム開発者の間でブームとなっているゲーム開発の統合環境「ゲームエンジン」を利用しているユーザー向けのセミナーだ。Unityは、08年の「iPhone 3G」の登場と共に、急激に世界に普及した。当時、プレイステーション3やXbox360のゲームエンジンを利用するには、数千万円といった高額のライセンス費用が必要で、大きな資本を持った企業しか利用することができず、一般的なゲームユーザーが自由にゲームを作ることが難しかった。
しかし、08年に「iPhone3G」が登場し、誰もが簡単に全世界に自分のアプリを配信できるネット流通市場「App Store」の登場とその後のスマートフォンの普及は、その状況を一変させた。Unityはその状況をさらに加速化させる要因となった。実際に販売可能なゲームを開発できる高機能の無料版をリリースし、さらに有料版でもパソコン1台につき1ライセンス1500ドルという低価格でリリースされている。それにより、ゲームエンジンの市場に決定的なまでの価格破壊を引き起こされた。そのため、ホビーでゲームを開発しているユーザーにも、プロが開発する水準のゲームエンジン環境を簡単に手に入れられるようになったのだ。
同社は「ゲーム開発の民主化」というキーワードを掲げ、世界中の誰もが気軽にゲームを開発できるようにすることを企業ミッションとして掲げた。そして、今では、アンドロイド端末といったスマートフォンのみならず、昨年、任天堂のWii U、ソニー・コンピュータエンタテインメントのハードウェアなど、ほとんど、ゲーム機を含めたハードウェアに対応したことによって、その強力さは勢いを増している。そのため、全世界で小規模なチームと小さな予算で、優れたゲームを作ろうとするインディペンデントゲームのブームが起きている。
■5年前には実現できなかった小規模チームによる壮大なゲーム開発
このカンファレンスの基調講演で、そうしたインディペンデントゲーム開発会社で、Payton氏が、日本のゲームも含め自分の好きな家庭用ゲーム機向けの「壮大なゲーム」を紹介しながら、「1億人に遊ばれるような、自分が死ぬまでにそうしたゲームを開発したい」という目標を述べ、興味深い話をしていた。果たして、「ストーリーを展開するような壮大なゲームが受け入れられる余地があるのか」という疑問だ。同社は「REPUBLIQUE」というゲームを開発している。
Payton氏はゲーム雑誌のライターを経験した後に、冷戦時代をテーマにした壮大なストーリーを背景に持つアクションゲーム「メタルギアソリッド4」(コナミ)の大規模なスタッフを抱えた開発チームに参加する経験を持っている。その後、米シアトルに戻り、一人称シューティングゲームの世界的な代表作「Halo」(Bungie)シリーズの開発に関わっている。このゲームシリーズは、マイクロソフトとの独占契約を行い、Xboxを普及させた要因の一つと考えられている。しかし、Payton氏は、Xbox360で開発している中で、疑問を持つようになった。このハードはアメリカとイギリスでは成功しているものの、世界全体では成功しているわけではない(日本ではわずか100数十万台程度しか売れていない)。自分のゲームを1億人に遊んでもらえない以上、本当の意味で多くの人に遊ばれているとは言えないと考えた。
そのために、考え抜いた末に、インディペンデントゲーム開発会社を始めるという選択肢を選んだのだ。スマートフォンなどプラットフォームを選ばないで誰にでもゲームを提供したいと。そして、家庭用ゲーム機に匹敵するような強いメッセージ性を持ったストーリーを語ることができるゲームを作りたいと。そのために、自分が持っていたマイクロソフトの株式などを売却し、資金を作りゲームの開発を開始した。
開発チームは17人で、プログラマーは4人。5年前であれば、こうしたゲームは「よほどの大金持ちか、大きな会社ない所属していなければ難しかった」。しかし、Unityが登場したことで、ゲーム開発ははるかに簡単になった。家庭用ゲーム機市場は全世界的に縮小が進んでいる。そのため、「会社が倒産してしまった人、大型のプロジェクトに疲れた人、インディゲームに挑戦したい人」が出てきたことによって、優秀なスタッフを集められるようになったとも言う。
■小さなチームで目指す壮大なストーリーをテーマにしたゲーム
例えば、Unityが登場する前は、ゲームのマップを作成したり、修正したりすることはとても難しい作業だった。しかし、Unityは、プログラムの知識を持っていない人でも作業をすることが可能で、1日でマップ等の修正をして、ゲームの完成度を引き上げる調整作業もできる。Payton氏は「メタルギアソリッド」の開発チームにいたときには、ゲームエンジンを直接触ることができず、プレーした結果をチームにフィードバックをするという形でしか、開発に貢献できなかったと述べていた。当時、Unityのような開発環境があれば、もっと貢献できただろうとも。
しかし、懸念も上げていた。果たして、壮大なストーリーを目標とする今までの家庭用ゲーム機のようなゲームを求めて開発することで、ちゃんと成功することができるかどうか、という疑問だ。
3月にサンフランシスコでGame Developers Conferenceが開催されたが、そこでは二つのグループが存在していたという。Aグループは、一つのゲームを作り込んでいくインディペンデントゲームの開発者たちで、開発したゲームも高い評価を集めているものも多かった。一方で、Bグループはビジネス系の営業マンたち。彼らは、Aグループの人たちに関心がない。Payton氏は、自分たちにとって、マーケティングノウハウのないアジアのゲーム会社とのタイアップの可能性を求めて、多くのビジネスミーティングを持ったが、ほとんど相手にされなかったという。
■あえて時代の流れに逆流する壮大なストーリーによる挑戦
日本でも、現在のゲーム産業の急成長を引っ張っているのは、アイテム課金方式のソーシャルゲームだ。それらのゲームは終わることなく、いつまでもユーザーが遊び続け、少額課金を続けてくれ、大きな利益を出すことが期待されている。Bグループが求めるのはこうしたゲームだ。ところが、この方式には欠点もある。深くて壮大なストーリーを提供することが難しいのだ。それは、今までの家庭用ゲーム機向けゲームでは、固定の販売価格で、DVDやブルーレイなどの物理メディアを通じてゲームが提供されていたために、起承転結を持った壮大なストーリー展開し、その体験を提供することができる。しかし、永遠に遊び続けることが期待されているソーシャルゲームでは、そうしたストーリー体験を提供することは、非常に難しい。
Aグループが開発しているゲームは、これまでの家庭用ゲーム機のような起承転結を目指すようなゲームだ。売り切りになることが多いため、収益性にはソーシャルゲームよりも限界がある。そのため、ミーティング後には「落ち込んだ」という。しかし、同じようにUnityを使って「The Room」というAグループ型のゲームを開発し、今年の高い評価を獲得していた開発者とランチを行ったことで、「落ち着いた」という。
すでに開発は1年に及んでおり、すでに一度資金難にぶつかっているが、多くのユーザーの少額投資によって成り立つクラウドファンディングのKickstarterで50万ドルを集めることに成功している。自分の信じる「クリエティビティの自由度」、「優れた開発チーム」、「資金」、「特定のプラットフォームに依存しない環境」、そして、Unityのような「ゲームエンジン」というものがそろっている以上、ストーリー主体の壮大なゲームを、大きな企業を作ることなしに「好きなゲームを作ることができるじゃないか」(Payton氏)と。
Payton氏は「REPUBLIQUE」を完成させて「ストーリーを中心としたゲームが成功できるのかをみてみよう。(こうしたゲームが支持されるような)道を作りたい」と述べていた。「REPUBLIQUE」は「ネット上の言論の自由といったメッセージ」が込められているという。このメッセージ性を、とても大切に感じているようだ。「1億人に遊ばれるような、大好きな壮大なゲームを、死ぬまでに作りたい」(Payton氏)と繰り返した。
ストーリーを中心としたゲームが、生き残ることができるのかは、多くの人が心配している。今のゲーム市場で多くの収益を出しているのは、ソーシャルゲームであることは紛れもないことだ。しかし、それでもストーリーによる体験を中心とした、ゲームを開発することを目標として、ゲーム市場に挑もうとしているインディペンデントゲーム開発者も、また、存在している。
新清士 ジャーナリスト(ゲーム・IT)、作家 @kiyoshi_shin
メルマガ週刊アゴラにて「ゲーム産業の興亡」を連載中