著者:吉本 佳生
出版:講談社
★★★★☆
本屋には「リフレ本」がぞろぞろ並び始めた。昔の本に付録を付け足しただけのものから、急ごしらえの座談会までいろいろあるが、どこにも日銀がお金を配ったらどういう経路で物価が上がるのかというメカニズムが書かれておらず、株価や地価が上がって「期待」が高まれば物価も上がるだろう、という漠然たる期待が書かれているだけだ。
本書はそれとは違って、デフレが起こったメカニズムを定量的に示している。それは吉川洋氏が示したのと同じく、賃下げである。次の図を見ただけでも、強い相関関係は明らかだろう。しかも「デフレが賃下げをもたらした」という因果関係はありえない。平均給与(名目賃金)の引き下げがデフレに先行しており、しかも低下率が大きいからである。賃下げは特に中小企業に著しく、そのコストの8割は賃金だから、これだけでデフレを説明するには十分である。
ところが最近にわかに出たリフレ本は、どれもこの賃下げにふれず、「どこの国でも新興国から安い商品を輸入しているが、日本だけデフレなのは日銀が原因だ」という昔ながらの言い訳をしている。しかし吉川氏も示すように、同じ時期に欧米の名目賃金は6~8割上がったのだから、日本だけデフレになったのは賃金上昇率が欧米より9割以上も下がったことが決定的な原因である。先日の「朝まで生テレビ」では、飯田泰之氏も「吉川先生にどう説明しようか困っている」と言っていた。
本書は、この賃金の動きからデフレを説明し、それは不況の原因ではなく結果であることを示している。特に著者の重視するのは、2000年代の世界的な金余りで資源価格が30%以上も上がったことだ。この間に賃金は10%下がっている。つまり原材料価格の上昇によるコスト増を(価格支配力の弱い中小企業が)賃下げで補ったことがデフレの最大の原因だ、というのが著者の見方である。この点では、金余りを助長した日銀の量的緩和はデフレの原因だ。
賃下げは、主として採用抑制と非正社員の増加で行なわれた。これも多くの統計の示す通りである。非正社員の半分以上は主婦のパートなので、賃下げは世代間や男女の格差拡大によっておこなわれたのだ。このため消費性向の高い非正社員の消費が減り、消費しない中高年が増えて個人消費も低迷したことがデフレを悪化させた。
いずれにせよ、必要なのはインフレではなく成長である。著者の提案する成長政策は、人口の都市集中である。開発経済学などの最近の研究でわかってきたことは、経済成長を実現するもっとも効果的な方法は人口や公共投資を都市に集中することだ。日本も60年代までは都市集中で成長してきたが、田中角栄以来のバラマキ公共事業が都市化を止めて成長を減速させてしまった。
著者はアベノミクスを評価していないが、金余りによって都市開発に資金が投入されて「バブル」が起こるとすれば成長を促進する効果はあるという。また世代間格差や女性差別を生み出す雇用規制を改革し、格差を是正することが長期的な成長を実現する政策だろう。本書の論旨の展開はやや荒っぽいが、吉川氏の本よりやさしく書かれている。