黒田総裁の「大本営発表」

池田 信夫

きょう発表された日銀の「経済・物価情勢の展望」によると、次の表のように(消費税率の影響を除く)物価上昇率は2014年度(2015年3月まで)には1.4%、2015年度には1.9%になる見通しだという。


これは審議委員の推定の「中央値」ということになっているが、次の図に示されるここ数年のトレンドから飛び離れた値である。どういう理由でこのような大きな変化が起こるのかは何も説明されていないが、1月までゼロからマイナスの見通しを出していた審議委員が(一部が交替したとはいえ)いきなり2%のインフレ目標に近い値を推計することは考えられない。


常識的には、総裁の望む結論に合わせて、無理やり「推計」したということだろう。2年後に1.4%というのは「1~3%」というインフレ目標の誤差の幅にかろうじて入る数値で、事務方が苦労して「調整」したのだろう。しかし「2%が実現できなければ辞任する」と明言した岩田副総裁は、辞任しなければならない。

こういう報告を見ると「日本人は戦争から何も学ばなかったんだな」という感慨を抱く。猪瀬直樹『昭和16年夏の敗戦』によれば、陸海軍の研究者が行なった「総力戦研究所」の図上演習の結果、日米戦争で負けることは明らかだったが、東條英機首相は「戦争はやってみなければわからん」と、この報告を無視した。当時の研究生はこう述懐している。

僕は憂鬱だったんだよ。やるかやらんかといえば、もうやることに決まっていたようなものだった。やるためにつじつまを合わせるようになっていたんだ。僕の腹の中では戦をやるという気はないんだから。[・・・]みなが納得し合うために数字を並べたようなものだった。

このように展望ならぬ「願望」がまず先にあり、それに合わせて戦力を過大評価して開戦したとき、すでに日本軍の敗北は決まっていたのだ。主観的な「計画」に合わせて数字をごまかす「大本営発表」は、黒田総裁の尊敬するポパーやハイエクがもっとも強く批判した、国家社会主義の手法である。

頭脳明晰な黒田氏が、それぐらい知らないはずはない。それを承知で、彼が事実を願望に合わせる東條の手法を金融政策に持ち込むことは、金融や財政のみならず、日本経済に破局的な結果をもたらすだろう。

追記:今週のアゴラチャンネルでは、小黒一正氏とこの問題について議論した。