日経新聞の夏のボーナス調査(中間集計)で2年ぶりにプラスに転じた、と報じられていました(5月26日朝刊)。昨今の円安の恩恵を受けた業種や、個人消費の伸びが期待できる業種を中心に増額する方向のようです。ただ、日経やシンクタンクが調査対象にしているのは、上場企業が中心。大多数の中小企業で「安倍ボーナス」というべき一時金の増額につながるかは時間がかかるでしょう。
むしろ、私のように中小企業をクライアントに持つコンサルタントが気掛かりなのはこの景気回復が雇用情勢に与える影響です。「遅行指数」といって雇用に関する数字は景気の波に遅れて変動します。社会全般でみれば失業率が改善することは喜ばしいことですが、中途採用のマーケットで大企業が採用意欲を高めると、中小企業にとっては優秀な人材が引き抜かれる恐れが出てきます。
ただでさえ、ボーナス期は転職志向が高まります。ソフトバンク・ヒューマンキャピタルの調査(09年)では、7割が退職時期についてボーナス額の支給・確定日を考慮していると回答。転職サイト「DODA」の調査(12年)では、3割が支給額によって転職を考えると意向を示しました。両調査は雇用情勢が今より悪化していた時期のものです。当面、多くの中小企業で賃金アップに足踏みが続く中、アベノミクスで採用意欲を高めた大手あるいは中堅でも人気の企業の求人案件が増加すれば、中小企業にとっては大企業との人材獲得競争に突入するわけです。
「営業成績が一番良かったのに給料を上げてもらえない」……。10年余りに渡り、250を超える中小企業とお付き合いさせていただきましたが、経営者は孤独です。小所帯であっても社員の本音を見過ごしていることが案外多い。また、「今の会社でスキルアップできそうな気がしない」「社長に長期展望が感じられない」といったように、先が見えなくて辞める若手社員が増えていたら、人材流出の黄信号。従業員数が数人~十数人規模のケースだけではありません。100人を超える規模でも、社長を補佐して各部署の若手を統括するはずのリーダー(課長や係長)が育っておらず、育成や評価の仕組みが不十分で適正な評価ができていないために、若手の将来不安を放置したままになっていたりするのです。
こうした中小企業に対しては、経営計画書の整備や自社の経営理念、ビジョンに基づいた評価の仕組みを作って、社員の成長を促すのが私の手法です。必然的に優秀な社員の定着率は高まりますし、業績も上向きますが、私の経験談だけではなんなので、自社の経営理念やビジョンに基づいた人事評価制度の有用性について最近のヤフーの動きに注目したいところです。
ヤフーは昨年4月、CEOとCOOの若返りを図って体制を刷新。「爆速」なるキーワードを掲げ、売上高と経常利益が6期ぶりに2ケタ成長を遂げるなど、早くも成果を出しました。私は数年前まで福岡を拠点に仕事をしていたこともあり、東京の華やかなIT企業に詳しくありません。ただ、ヤフーの内情に詳しい友人によると、同社は一時期、大企業病的な停滞感に覆われたそうです。しかし昨今の変化は「テレビ局に例えると、NHKからフジテレビにカルチャーが変わったくらい劇的」だったそうです。
新体制下の昨年10月から人事制度にもメスを入れました。「日本の人事部」の記事によると、「課題解決」「爆速」「フォーカス」「ワイルド」の4つのバリューに基づいた評価軸を設定。以前の目標管理制度では多くの行動リストを掲げるなどしていたようですが、この4つの軸に基づくシンプルな評価制度に改めたそうです。「ワイルド」を掲げるあたりがベンチャースピリットを取り戻そうとする経営側の意気込みですね。
重要なのは、ヤフーのバリュー制度は「人事視点というよりも、マネジメント視点でつくられた」(記事より)という点。大企業の人事評価制度は、経営側と人事部の考えが疎遠になってしまうことも多く、これが業績停滞につながる一因なのですが、ヤフーは中小ベンチャー企業だった頃のように、社長と社員の考え方の距離が人事制度で再び縮まったわけです。
もちろん、業績連動色の強い給与制度や、上司だけでなく部下も本人を評価する「360°評価」は、規模の劣る中小企業が模倣しない方がいいと考えます。しかし、90年代後半の頃のような「爆速」感を取り戻したヤフーの新しい人事制度を持つ意味について、参考にできる部分もあるのではないでしょうか。ボーナス期で人事評価が気になるこの時期だからこそ、中小企業の経営者は自社の評価制度を見直す好機だと思います。
山元 浩二(やまもと こうじ)
日本人事経営研究室株式会社 代表取締役
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