ケネディのベルリン演説50年目 --- 長谷川 良

アゴラ

ジョン・F・ケネディ米大統領(任期1961年1月~1963年11月)が冷戦時代、東西に分裂されていた旧西ベルリンのシェーネブルク市庁舎前で「Ich bin ein Berliner」(私はベルリン市民である)という有名な演説して今月26日、50年目を迎える。

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▲独週刊誌シュピーゲルの表紙タイトル「失われた友人」

ほぼ同じ時期、ケネディ元大統領を尊敬するオバマ大統領は英・北アイルランドで開かれる主要8カ国(G8)サミット会議(17、18日)後、ベルリンを初めて公式訪問する。滞在中、メルケル独首相、ガウク大統領等らの会談のほか、ブランデンブルク門前で演説する予定だ。


ハワイで成長し、インドネシアやパキスタンなどを訪問した経験があるオバマ氏は歴代米大統領の中でも太平洋・アジア地域との関係が最も深い一方、大西洋諸国との関係は非常に薄い。

オバマ氏は大統領就任して9回、欧州を訪問したが、欧州連合(EU)の盟主ドイツの公式訪問は今回が初めて。同氏は最初の4年の任期中にドイツを公式訪問しなかった最初の米大統領だ。
 
ところで、オバマ大統領のベルリン訪問は少々タイミングが悪い。米中央情報局(CIA)元技術助手エドワード・スノーデン氏(29)が英紙ガーディアンと米紙ワシントン・ポストの2紙に対して、米国家安全保障局(NSA)が「プリズム」と呼ばれる監視プログラムを実施し、米国民の電話通信記録やネット情報を大量入手していたと暴露した直後だ。欧州の政治家ばかりか、国民の間にも米国の情報活動に批判の声が挙がっている。

ただし、オバマ氏への個人的人気はドイツでは依然高い。独週刊誌シュピーゲルによると、2期8年間で6度、ドイツを訪問したクリントン元大統領より、オバマ氏の人気は高いという。

一方、ホスト側のドイツでは今秋、連邦議会選挙が実施される。メルケル首相としては国民の間に人気のあるオバマ大統領のベルリン訪問を可能な限り利用したいところだが、同首相自身はオバマ政権の政策にはかなり失望しているという。外交分野だけではなく、コペンハーゲンで開催された国連気候変動会議(2009年)でも米国の言動が大国に相応しいものではなかったという不満が根深いという。

オバマ大統領はベルリン滞在中、“第2のベルリン演説”を披露してドイツ国民の心を掴みたいところだが、「オバマ大統領が演説でケネディ元大統領の台詞を真似て、『私もベルリン市民だ』といえば、ドイツ国民は笑い出すだろう」(シュピーゲル)という。

「プラハ演説」(2009年4月、核兵器なき世界の実現)、「カイロ演説」(同年6月、イスラムとの和解)で聴衆者のハートを掴んた演説の名手オバマ氏にとっても、ベルリンでの演説は容易ではないだろう。演説の核となるべきビジョンが見出せないからだ。

ケネディ元大統領は冷戦時代に分割されて生きるベルリン市民に対し、「私はベルリン市民だ」と宣言し、連帯と支援を表明し、ドイツ人の心を高揚させることに成功した。ケネデイ時代には欧米共通のビジョン(民主主義と自由)があった。

50年後の今日、欧米間に共通のビジョンが見えなくなってきたのだ。オバマ氏の責任だけではない。欧州も金融危機の克服に忙しく、新しいビジョンどころではない、というのが現実だろう。ひょっとしたら、欧米間で交渉中の「環大西洋貿易投資パートナーシップ」(TTIP)は新しいビジョンを提供するかもしれない。たとえ、それが双方にとって完全には魅力的でなくてもだ。


編集部より:このブログは「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2013年6月15日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。