安倍政権は、2013年6月13日の経済財政諮問会議で「経済財政運営と改革の基本方針」(いわゆる「骨太方針」)を了承し、翌14日に閣議決定した。同日の日経新聞等の報道によると、安倍首相は閣議決定後に記者団に対して「経済再生と財政再建の道筋ができた。あとは実行あるのみ」と強調した模様である。骨太方針では、社会保障費も含めて財政健全化の方向性を示しているが、その内容を読む限り、この方針で日本が再生するという期待は全く抱けない。
その理由は、急速に少子高齢化が進む中、中長期の視点でみた「社会保障費の本当のコスト」を巡る議論が完全に欠如しているためである。
先般の骨太方針の決定に向けて、経済財政諮問会議では、2012年8月に民主党政権が決定した「経済財政の中長期試算」(以下「中長期試算」という)を利用している。この中長期試算では、今後のマクロ経済と財政の予測から構成されるが、どちらも10年程度(2011年度から2023年度)の予測に留まっている。
10年程度の予測では、中長期の視点でみた社会保障費の本当のコストを与党・政府のみでなく、国民が正しく評価・認識できるはずがない。正しく評価・認識できなれば、政治が妥当な判断をすることは不可能である。諸外国では、このような問題を回避するため、より長期の財政に関する将来推計を公表している。
例えば、欧州委員会が「Fiscal Sustainability Report」を公表していることは有名であるが、同委員会は3年に1回の頻度で「Aging Report」も作成し、社会保障費(年金・医療・介護)について、2060年までの対GDP比での規模を推計・公表している。
この「Aging Report」(2012年版)は約470ページもあり、10ページ程度しかない日本の「経済財政の中長期試算」とはその分析内容や質は全く異なる。
また、米国連邦議会予算局(CBO)は、「Long-term Budget Outlook 2012」において、今後75年間(2087年まで)の将来推計を実施し、「ベースライン・シナリオ」と「代替シナリオ」の2種類を公表している(例:Figure B-2のFederal Debt Held by the Public Under CBO’s Long-Term Budget Scenarios Through 2087を参照)。
さらに、イギリスの財務省では、1998 年・財政法(Finance Act 1998)の制定以降、今後30 年間の長期的な財政見通し(Illustrative long-term fiscal projections)を毎年公表しているが、その補完(厳密には、予算編成方針を明らかにする「Pre-Budget Report」の付属資料)として、約50年間に及ぶ長期財政報告書(Long-term public finance report)を2002年から毎年公表している。
しかし、現状の日本では、長期の財政の姿を推計する公的な場も組織も存在しない。このため、社会保障費の本当のコストを正しく評価できない状況にある。
拙書『アベノミクスでも消費税は25%を超える』(PHPビジネス新書)で紹介する試算では、財政安定化に必要となる最終的な消費税率は25%を超える可能性が高いことを明らかにしているが、この大部分が中長期的な社会保障費のコストといっても過言ではない。
本当のコストを認識して初めて、「増税」や「社会保障費の抑制」の幅に関する政治的な判断が可能となるはずであり、「骨太方針」を真に「骨太」にし、アベノミクスを成功させるためには、諸外国と同様、2050年の財政の姿を予測する長期推計の公表から始めることが望まれる。
(法政大学経済学部准教授 小黒一正)