ライフネット生命の立ち上げを始めてしばらくの間、ブログなどを書けなくなった時期があった。「金融機関の経営者に相応しい人間でなければならない」といった勝手な観念に取りつかれ、冗談も書けない、辛口の批評も書けない、面白くも何ともない文章しか書けなくなった時期がある。
そんなときに一つのブレイクスルーとなったのが、DeNA 南場さんが当時綴っていたブログ。ウイットあふれる、チャーミングな人柄がにじみ出る、でも飾り気のない文章を読んで、一部上場企業の経営者でもこれくらい肩肘張らず、自然体でいいんだ、そんなことを学んだ気がする。
特に、「DeNA にはワタナベ姓の人間が多いが、これは子供の頃からあいうえお順で自己紹介が一番最後に回ってくるから、常に気の効いた面白いことを考える習性が身についているからだ」といった趣旨のエントリーはゲラゲラ笑いながら読んだことを今でも覚えている(これほど強く記憶に残っているブログ記事というのもなかなかない)。
そんな南場さんが本を出すのだから、面白いに決まっていると、読む前から確信していた。案の定、アマゾンでの売れ行きはずっと上位を保っている。せっかく書評ブログを書いてもこれ以上アマゾンの順位が上がらないと書く側のモチベーションもそがれるが、それでも書かずにはいられない。「不格好経営」はそんな一冊だ。
DeNA の苦労話とライフネット
DeNA の苦労話というのは、ライフネットにとっても思い出深い。開業して半年ばかり経った2008年秋、カンファレンスから空港へ向かうバスの中で、DeNA を黎明期から知る投資家の村口さんの隣に座った。全然思うように経ちあがらないんですよ、そんな悩みを相談すると、村口さんが次のように話してくれた。
DeNA も創業から4年くらいは泣かず飛ばずで、ビジネスモデルも試行錯誤しながら悪戦苦闘していた。彼らでもそうだったんだから、ライフネットもあせらずにやれば大丈夫だよ。
どれだけこの言葉に救われたことか。そして、その後も思うようにいかないたびに、どれだけこの話で自分を勇気づけたことか。
本書を読んで、感銘を受けてページを折ったり線を引いた箇所は幾多もある。いまは輝かしい成果をあげている組織も、苦労の連続だったことがわかる。
そんな本書のエッセンスとして、DeNA が成功した秘訣を強引に3つにまとめるとすると、次の通りだろうか。
1. 最高の人材に恵まれ、さらに最高の人材を確保するためにあらゆる努力を惜しまなかった
ベンチャーにとって資産は人材しかない。だとすれば、最高の人材に仲間に加わってもらうためには、できる限りのことをすべきである。当たり前のように思うかもしれないが、これを実践できる人は少ない。
「何の仕事をやってもらうんですか?その人にぴったりのポストがありません」
ほとんどの人は、このように考えてしまうのだ。ライフネット社内ですら、何度もこの「壁」に直面した。でも、これは間違っている。いい人材であれば、いくらでも仕事は作る。会社に付加価値を付けてくれる。いい人材は費用ではない。資産だ。もっとも大切な、唯一の。
南場さんは DeNA の売り上げがほとんどなかったことから、いい人材はどんどん採用していったし、仲間に加わってもらう労は惜しまなかった。たとえ数年かかってでも。そして、最近でも新卒採用の説明会にだけは、年30回も参加しているそうだ。ここまでできる経営者はなかなかいない。
川田さんラブ
会社の組織風土は創業期のメンバーの個性によって規定される。DeNA の風土は、共同創業者である川田さんによるところが大きい。
私は DeNA という会社がとても好きだ。その一番の理由である DeNA 内部の清々しさ、気持ちのよさは、川田の人格と仕事へのスタンスがべったり組織に乗り移ったものだと思っている。誰よりも働く、人を責めない、人格を認める、スター社員に嬉々とする、トラブルにも嬉々とする。そして、俺は聞いてない、バイパスするな、などという言葉も概念もいっさいない。とにかく一歩でも、ちょっとでも前に進むことしか考えていない。
その川田の姿勢が、成功やアイデアの帰属よりもチームの成功を優先し、「誰」でなく「何」を重視する DeNA の文化をしっかりと築いた。
(略)
一番の思い出は何だろうか。営業チームに不適切な叱責をしてしまった私を、川田は裏の非常階段に呼び出し、本気で怒ったことがある。気持ちがとても平らかな川田が感情的に怒ったのを見たのは、後にも先にもその1回だけだった。そのたった1回が私に向けられた、というのも川田らしく、そして DeNA らしい。
(p.130)
起業の相棒を、愛していますね(笑)。私自身も、この話を読んで、以前から面識があり、尊敬していた川田さんのことを更に深く尊敬し、好きになったのである。
守安さんもラブ
現社長の守安さんのこともべた褒め。守安さんって、こんなに凄い方だったのですね。いや、凄いとは思っていましたが(笑)。
私は賢い人が集まるとされるコンサルティング会社次代を含め幾人もの天才、秀才(多くは自称)を見てきたが、その私が驚くほど数字と論理に強くビジネスセンスにも長けていた。
そして部門を統率できるブレなさ、強さがある。人格は、責任感が強くフェア。権威におもねることがない。そして約束を守る。長年一緒に仕事をして私は守安から多くのことを学んだが、そのなかでも一番尊いことは、自分の利益や感情と物事の善し悪しの判断を決して混同しない清々しさだ。守安が新米のときからトップになるまで見てきたが、一時たりともそこに曇りを感じたことはない。
一見傲慢で、実際生意気だが、実は謙虚でよく学ぶ。そして、どことなくいびつなところがチャーミングで、愛されるというのも経営トップとして大きなポイントだった。(p.180)
本書でもっとも気にいっている箇所のひとつが、守安さんが買収した海外企業の社長に「お前もっと働け」というメールを苦手な英語で書く場面。次のような文面だったとのこと。
Dear Neil,
My leadership style is work most hard. So you should do the same.
Isao
これだけ簡潔に、はっきり言いたいことが伝わるメールは素晴らしいですね(笑)。文法とかの問題じゃない。私も most hard working なリーダーを目指したいと思った。
2. 実現可能か分からない高い無謀な目標を掲げて、それをひたすら追求した
2004年3月期、売上16億円のときに、3カ年計画で売上100億円、営業利益率20%以上という目標を発表した。どのように実現するかは、分からないまま。
守安はこのときのことを「どうやってこの売上をつくるんですか、と南場に訊いたら、自分で考えろと言われた」と笑い話として回顧しているが、そのとおり、絵は描いたが確信の持てる精緻なプランはまったくなく、そうなりたい、という意思の表明にすぎなかった。これくらいの成長をしないとつまらない。単純にそう想い、強くそれを打ち出した。(p.106)
この目標は結果的に実現するのだが、次の目標が更に凄い。
このころ、つまり2005年の夏ごろだが、私は2011年3月期の数値目標を打ち立てた。売上高1000億円、営業利益200億円。当時は売上64億円で着地した年度のまっただ中で、「来期の100億円も見えていないのに」と守安は反発したが、私は目標数値だけは決めたい、と「勝手に」(守安曰く)打ちだした。100、200、400、700、1000とホワイトボードに書き、狙ってもなかなか達成できないような難しいことが、狙わずにできるはずがない、大きい試合をしよう、と幹部連中に本気でコミットを迫ったのを覚えている。(p.115)
戦略コンサルタントという人種は物事を常にロジカルに積み上げて考えて行くので、このように説明できない数字を打ち立てることには、一種の気持ち悪さを感じるはずだ。こういった目標設定ができるのはクレイジーな起業家だけだ。しかし本書で南場さんは何度も、コンサルタントとして学んだことを必死に忘れていった(unlearning した)と述べている。本来はロジカルなのに、ロジックを超えた強い想いを形にしていくことを身に付けたときに、大企業家に脱皮したのだろう(上から目線で失礼)。
実現可能性が低いような夢でも、まずは思い描かない限りは、絶対に手に入れることができない。ならば、未来を信じて、大きな大きな夢を思い描くべきではないか。
3. ポテンシャルが高い若手にどんどん任せ、自分は必要な意思決定をバンバン行ってきた
入社1週間の新人にサムスン電子との戦略的提携を任せたり、25歳のエンジニアにミクシィとの共同プラットフォーム開発を任せたり。ヤフーとの提携を全面的に取り仕切ったのは、当時入社4年目の赤川さんだった。現在はまだ20代後半だが執行役員に就任している。社長室長になりたてのころは守安さんに呼ばれ、「韓国どうするか考えて。1カ月後に聞かせて」と「まるで忘年会の企画を丸投げするかのように任された」そうだ。1カ月後の赤川さんの提案をもとに、同社の韓国戦略は動き出す。
「若手に任せよう」とはよく言うが、ここまで徹底できる企業はそう多くない。
南場さんの意思決定
同時に、南場さんは経営者として意思決定の要諦を理解し、実践してこられた。本書の第7章は南場さんの経営哲学ともいうべき事柄が詰まっていて、参考になる。
・・・意思決定のプロセスを論理的に行うのは悪いことではない。でもそのプロセスを皆とシェアして、決定の迷いを見せることがチームの突破力を極端に弱めることがあるのだ。
検討に巻き込むメンバーは一定人数必要だが、決定したプランを実行チーム全員に話すときは、これしかない、いける、という信念を前面に出した方がよい。本当は迷いだらけだし、そしてとても怖い。でもそれを見せない方が成功確率は格段に上がる。事業を実行に移した初日から、企画段階では予測できなかった大小さまざまな難題が次々と襲ってくるものだ。その壁を毎日ぶち破っていかなければならない。迷いのないチームは迷いのあるチームよりも突破力がはるかに強いという常識的なことなのだが、これを腹に落として実際に身につけるまでには時間がかかった。
また、不完全な情報に基づく迅速な意思決定が、充実した情報に基づくゆっくりとした意思決定に数段勝ることも身をもって学んだ。コンサルタントは情報を求める。それが仕事なので仕方ない。これでもか、これでもかと情報を集め分析をする。が、事業をする立場になって痛感したのは、実際に実行する前に集めた情報など、たかが知れているということだ。(p.204-205)
「情報が不足していても決めることが大切」とは言い古されたことではあるが、元コンサルタントとしては、耳が痛い限りです(笑)。自戒の念を込めて、長い文章を書き出してみた。
さいごに
南場さんはハーバードビジネススクールの先輩にあたるが、開業前に一度ご挨拶したくらいで実はほとんど面識がない。元COO 川田さんは数年前から親しくしており、守安さんはカンファレンスですれ違って立ち話をし、本書にも登場する新リーダーたちのコバケンこと小林堅治氏や超生意気な20代の赤川さんたちは最近飲みに行くようになったが、南場さんはほとんどお話をしたことがないのだ。
いつか、機会があったら、線を引いてぼろぼろになった「不格好経営」を手に、南場さんに話を聞きに行こうと思う。
編集部より:このブログは岩瀬大輔氏の「生命保険 立ち上げ日誌」2013年6月18日の記事を転載させていただきました。
オリジナル原稿を読みたい方は岩瀬氏の公式ブログをご覧ください。