アベノミクスの「女性の活躍で経済成長」を真に受けてはいけない(下) --- 鈴木 亘

アゴラ

※(より続く)

第二に、女性が減らす家事・育児の時間を、男性が代替するのではなく、外部の家事・育児代行サービスを購入する場合を考えてみよう。これは定義上、必ずGDPを増加させることになる。なぜならば、専業主婦が行っていた家事・育児は市場で取引されないため、統計上、GDPに含まれていないのに対して、外部の家事・育児代行サービスは全て市場で取引されるため、GDPにカウントされるからである。


しかし、これは単にGDPという統計が、家事生産を含まないという技術的な問題を抱えていることに原因があるからであって、実際に家計やマクロ経済がそれだけ豊かになったと言うことではない。例えば、女性が労働に出て稼いだ給料を、御手伝いさんやベビーシッター、保育園の保育料に全て使うことになれば、その家庭は全く豊かになったという実感は無いだろう。

同じことは、一国のマクロ経済にも言える。現在が完全雇用状態(失業が全く無いと言うことではなく、働きたい労働者が全て働いている状態)にあるとすれば、女性の活躍促進でもっとも需要が増加するのは家事・育児代行サービス産業である。当然、女性の労働供給増をもっとも吸収するのは家事・育児代行サービス産業となるから、これは家事生産から市場を通じた家事・育児代行サービス産業への置き換えが行われるにすぎない。

もちろん、新たに労働市場に出た女性が全て家事・育児代行サービス産業で勤めるということではないが、いろいろな産業で新旧の労働者の置き換えが行われた結果、マクロ的に雇用者が顕著に増える産業は、家事・育児代行サービス産業なのである。これは、統計上、確かにGDPを増やすが、それは見せかけの話であり、日本経済が本当に成長したことにはならない。もっとも、(1)外部の家事・育児サービスの方が「規模の利益」が生じて家事生産よりも効率的になる、(2)新旧の労働者置き換えで各産業の生産性が高まる、(3)不完全雇用状態にあるなど、想定によっては実質的な経済成長を達成するシナリオもあり得るが、それが、それほど大きな効果になるとは思われない。

いずれにせよ、IMFやゴールドマン・サックスの推計が、過大でミスリーディングであることは明らかだろう。実際には、女性の活躍促進が本当に日本経済を成長させるのかどうか、ましてや、大きく成長させるのかどうかなど、全く自明とは言えないのである。同様に、女性の活躍促進のために政府が投ずる税金も、妥当なものであるかどうかは保証されない。その対費用効果は本来、厳しく問われるべきである。

もちろん、倫理的な問題として、男女共同参画社会を目指すべき、男女の性別役割分担は望ましくない、女性は能力に応じて男性と同じ待遇であるべき等という観点は議論に値する。しかし、それは経済的な効率性とはやや別の観点から議論されるべき問題であり(あるいは、経済コストを負担しても、何らかの価値観からそれを是とすべきか考えて進めるべき問題であり)、効果の分からぬ「経済成長」問題に絡めて、誤魔かして進めるべき施策では無い。


編集部より:この記事は「学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)」2013年6月22日のブログより転載させていただきました。快く転載を許可してくださった鈴木氏に感謝いたします。
オリジナル原稿を読みたい方は学習院大学教授・鈴木亘のブログ(社会保障改革の経済学)をご覧ください。